SHORT STORY

□月下美人に朝露が降る@
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宇宙空間に漂う鬼兵隊の母艦は、春雨の本拠地に向けて進行している。薫は遠くに望む小惑星群を眺めながら、ぎゅっと己の肩を抱いた。

(とても寒い)

母艦の空調が故障している訳ではないが、色彩のない無限の闇を見つめていると、体の芯から冷え冷えとしてくる。彼女は出立の時に見た、地球の澄みわたるような青さを思い浮かべた。あの青色は海の色であり、夏の空の色だった。灼熱の太陽や生暖かい風を思うと、故郷の星へ今すぐ舞い戻りたくなる。


その時、隊士を伴った晋助が通りがかった。何か報告を聞いていたのだろう、一通り話が終わると、晋助は隊士を下がらせて薫の隣に立った。

「地球を発ってから、星を眺めてばかりいるな。退屈か?」
「晋助様……此度はどのくらい宇宙にいるのですか。夏のうちに、地球には戻れるでしょうか」
「帰るのは早くて秋口だろうな。夏はすぐに過ぎ去っちまうモンさ」

薫は深い溜め息をついて肩を落とした。

「夏は儚い季節ね。花火が一瞬で終わってしまうのと同じで、夏の虫も……蝉も蛍も短命ですもの。夏に咲く花だって、すぐ萎んでしまうわ。朝顔も露草も、月下美人も」
「月下美人?」

月下美人とは、月明かりの下、浮かび上がるように白い花を咲かせることで知られている。純白の花弁は華憐で、絹糸のような繊細な雄しべが現れ、見事な芳香を放つそうだ。
それは一度見たら忘れられない美しさだと言うが、薫自身も見たことはなかった。

「月下美人の花が咲くのは、夏の夜、それもたった一夜限りなんだそうです」

薫はそう言ってうっすら微笑むと、窓にコツンと額を預けた。

「夏の夕立や稲妻だってそうだわ。雨音や雷が鳴り響いたかと思うと、いつの間にか遠くへ行ってしまう。夏に生きるものは、何もかもが儚いものです。それなのに、今年はもう夏とお別れだなんて……」

簪でまとめた髪が、はらりと薫の白い頬にかかった。晋助はその一束に手を伸ばし、

「お前は、泣きそうな顔も綺麗だな」

髪を耳にかけてやりながら、彼女の憂いの翳る表情をじっと見つめた。

「月下美人という花はお前に似ているな。人知れず闇を選んで咲くのは、寂しがっても仕方のねェ事に独り思い悩む、お前にそっくりだよ」
「……つまらない事で気を落として、可笑しいと思ってらっしゃるんでしょう」

薫は恨めしさの混じった瞳で晋助を見上げた。彼にとってはどうだったか知らないが、この夏は、とても楽しかったのだ。花火を観に行って、夜は仲間達と甲板で過ごして笑い合った。あんなに愉しい夏は、本当に久し振りだった。
ああして過ごせる夏がまた来るのかどうか、今は何の確約もない。復讐の為に宇宙(そら)の果てまで船を進める晋助が、次は何処へ舵を獲るのか、誰にも分からないからだ。


薫は悲しげに瞳を曇らせたまま、静かに踵を返した。晋助の手が咄嗟に手首へ伸びてくるが、それをすっと払って背を向ける。

「何処へ行くんだ、薫」
「放っておいてください。ここは寒過ぎて……。私、お部屋に戻ります」

早足で通路を歩いていると、背後から草履の擦れる音がした。晋助が後を追ってきたのだと分かったが、彼女は気付かない振りを続けた。
そして自室に辿り着いた途端、晋助は後ろ手に扉を閉めたかと思うと、片腕で薫を強く抱き寄せた。

「晋す、んっ…!」

後ろを振り向いた薫の唇を、彼は素早い仕草で奪った。彼女が驚いて抵抗を見せるものの、器用に隙間を割って舌を差し入れる。
強引に押しては吸い、吸っては押すを繰り返す口づけをして、漸く離れた時には、お互い息継ぎをするように大きく息を吸い込んだ。それから彼は眉根を寄せ、やけに引き締まった表情で彼女に訊ねた。

「何もかもが儚いなんて、俺が隣にいても、お前はそんなことを言うのか?」

低く囁かれるのと同時に、薫は晋助の腕の中に閉じ込められた。

「放っておいて″なんて、構ってくれと言ってるのと同じだぞ。……俺に、どうして欲しいんだ」

夏を取り戻して、再び共に過ごしたい。そんな願いは、誰にだって叶えられないことは分かっている。それでも、あの時に感じた切なさや、涙が出そうな愛しさが、今もなお薫の胸に満ち溢れていた。

彼女は瞳を伏せて、おずおずと自ら唇を近づけた。

「……私が淋しいと言ったら……、側にいてくださいますか」

小魚のように細い舌を遠慮がちに差し出して、晋助の薄い唇に潜り込ませる。すぐさま、それは冷たい舌に生け捕りにされた。彼のそれは自在に動き回り、舌根から捥ぎ取られそうなほどに強く絡められ、唾液が顎の方まで零れてきた。
女の体は、不思議にできているとつくづく思う。ほんの体の一部、口腔を刺激されるだけで、下半身の別の粘膜がじくじくと潤み始める。そのうち全身を隈無く愛撫されているような感覚に陥って、情熱が水のように流れ続けた。先程までの寒気など、何処かへ行ってしまった。


やがて、彼女は腰のあたりに熱く隆起したものが押し当てられているのに気付いた。どうやら不思議にできているのは、男の体も同じようだった。視線を下へと降ろし、それから晋助を見上げて、もう一度下を見た。すると彼はどこか決まり悪そうな表情を浮かべ、照れ隠しに呟いた。

「お前があんな表情で拗ねるのが悪い」
「……私のせいですか?」
「俺を煽っているのか」
「あ、煽るだなんて……」

薫は目のあたりを薄赤くしながら、扉の方へ視線をやった。一枚扉を隔てた通路からは、隊士達の行き交う足音が聴こえている。
これから晋助はどうするつもりなんだろう、彼女が迷っているうちに、彼が先に動いた。彼女の手を壁につかせて後ろを向かせると、有無を言わせぬ強さで手首を掴み、片方の手を着物の裾にかけた。

「ここで、いい。……このままで」

焦れたような声がしたかと思うと、着物の裾が乱雑に捲り上げられた。腰から白い足首までが、彼の眼の前に剥き出しになる。
滑らかな二つの丘を押し開くと、その間からは、鴇色をした花弁の合わせ目が顔を覗かせていた。そこは既に透明な蜜に濡れて、物欲しそうに小さな口を開けていた。

「し、晋助様……!」

薫はかたく目を瞑り、体が燃えるような羞恥に耐えた。太腿の内側を、晋助のひんやりした手が蛇のように這い上がってくる。白い臀部を撫でられながら、背後で衣擦れの音を聴いた。これから待ち受けることを思うと、下腹が熱をもって疼き始め、再びそこがじわじわと濡れてきた。

「んっ……!」

ぐっ、と熱い亀頭が押し当てられる。そのまま暖かい滑りや襞の凹凸を愉しむように擦り付けられ、あまりのじれったさに身震いがした。

(繋がりたい……)

やがて、ハ、と晋助の短い吐息がして、彼は焦点を定める気配がした。呼吸を止める。彼自身が狭い入り口を通り抜け、奥の方へとゆっくり進むのに合わせて、薫は肺の底から深く息を吐き出した。
そして最後まで辿り着いた彼が、ひと息に腰を引いた時、亀頭の出っ張った部分が襞を掻きだした。強烈な快感が電流のように全身を駆け巡り、彼女は甲高い悲鳴を上げて喉を仰け反らせた。

「っ、ああっ!!」
「オイ、薫……」

晋助の困惑した声がして、彼の指で唇を塞がれた。それは、声を出すなという合図だった。
扉を隔てた通路には隊士達が行き交っており、いつ呼ばれるのかも分からない状況で、体を繋げているなんて。だが、一旦触れ合ってしまったら、後戻りはできなくなる。晋助は薫の華奢な腰を掴み、一定の速度で腰を打ち据えた。

「っ……ン、あぁ、…!」

薫は唇を噛みしめ、声が出そうになるのを必死に耐えた。あまりに深すぎて、突かれる度に呼吸が途切れる。粘液の卑猥な音が聴こえる度に、自分のそこは晋助の目にどんな風に映っているだろうと思うと、羞恥に身を焼かれるようだった。

やがて、晋助の手が首のあたりに伸びてきた。耳の縁を撫でられ、顎の先を通り、最後に唇に触れた。声を出すまいとかたく閉じられた唇を、憐れむようにそっと撫でていく。薫は歯を立てないように、その指を唇で食んで口に含んだ。微かな煙草の残り香に汗の匂いが混じって、それは彼女に花火の夜のことを思い出させた。

荒い呼吸に混じって、小声で晋助が言う。

「お前が言ったとおり、夏は儚いモンさ。……暑い暑いと言っているうちに、あっという間に過ぎちまう」

彼の目の前には、充血した花唇がめくれる様子や色素のない産毛にいたるまで、隈無く彼女の肌が晒されていた。

「だが、時はいつの季節も等しく流れる。この世にある限り、いたずらに永らえるモンなんざァねえんだよ。こうして……ずっとお前ン中にいてェと思っても、叶わねェのと同じさ……」

体の奥深く、彼の痕跡が刻まれるのを感じながら、薫は瞼の裏側で、彼と過ごした夏の情景を思い浮かべた。
夏があまりに刹那に過ぎるのは、狂おしい程に恋しいのは、きっとこの人が産まれた季節だからだ。



(Aに続く)
 

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