鬼と華

□螢夜 第一幕
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故郷の長州から戦地へ馳せ、攘夷戦争を戦った高杉晋助。彼と明倫館以来の幼馴染みである井上薫は、晋助を追って戦地へ赴いてから、常に行動を共にしていた。

攘夷戦争の終結間際には、廃刀令を機に幕府が取締りを厳化したため、各地の攘夷志士は窮地に追い込まれた。そして晋助の義勇軍鬼兵隊も例に漏れず、粛正の憂き目に合うことになる。鬼兵隊壊滅という痛手を負いながら、晋助と薫は逃亡に成功し、江戸に潜伏して戦の負傷を癒した。その後、幕府の追っ手から逃れるように、京へと旅立ったのである。


彼らの訪れた京。
そこは、天人襲来以前より、何千を数える神官や僧侶のいる、神社仏閣の町であった。そのため、開国の影響が江戸ほど及ばず、従来の街の在り方を保っていた。
加えて、京は古くから絹織物の中心地であった。多くの織機に加え、技に富んだ美しい布地を織る専門工が数多いた。

行き先に京を選んだのは、他でもない、旧き伝統を誇る街だからであった。
江戸は宇宙船輸送の為のターミナルが建造され、天人の技術により近代的な建物が次々に作られていた。江戸は既に、この国の従来の有り様を失いつつあった。

晋助が求めたのは、天人の介入のない、古来からの美しさのある場所だった。




◇◇◇




京の中心地から離れた町外れ。
ひっそりと静かな民家が建ち並ぶ中に、古くに建てられた平屋の家がある。もとは老夫婦が住んでいたが、揃って他界し、空き家になり幾月かが経つ。

その屋敷に、晋助と薫の姿があった。晋助が武平に頼み、暫くの間借りるように手配したのだ。

長州の武家の名家、高杉家の子息とあらば、新戚筋を頼って当面の資金を工面するのは無理な話ではなかった。
過去、親の反対を押しきって萩の私塾に通った晋助は、親の怒りを買い勘当された経緯がある。だが、武平は本家への恩義を忘れなかった。高杉家の長男晋助の為に、屋敷の中には、当面の生活に必要なものも全て揃えていた。

「此処に……住むのですか?」

薫は、驚きを隠せないでいる。京に滞在する間も、何処かの旅籠に泊まると思っていたのだろう。

「借家だがな。どの部屋でも、お前の好きなように使っていい」

晋助はそう言って、薫と共に、屋敷の回りをぐるりと回った。二人で住むのには、少し広すぎるくらいの屋敷であった。


薫が何より喜んだのは、小さな庭だった。前の持ち主がよく手入れしていたのか、四季折々の草木がそこかしこに植えられていた。
入り口の門の隣には、こぼれるように咲く卯の花が盛りを迎えている。奥の方に小降りの松の樹木があり、その陰にはちょうど、躑躅(つつじ)の花の咲き始めであった。

「素敵ね、晋助様」

薫は、卯の花の前にして、眩しい笑顔を見せた。

晋助は安堵の思いに包まれ、彼女を促して屋敷へと入った。江戸からの長旅を終えて、ようやく辿り着いたのである。

ふたりの京での暮らしが、ここから始まるのだ。


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