鬼と華

□鬼百合の唄 第二幕
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赤鬼寺の濡縁で風に当たって涼みながら、薫は悩んでいた。
先日、麓の街で遭遇した少女。彼女は幕吏とおぼしき男に追われていた。ということは、赤鬼寺の近辺にも、少なからず見回りの目はあるということだ。

いくら人が寄り付かない寺とはいえ、この先もずっと奉行所の目を欺いていけるとは限らない。万斉や晋助を匿っていることが外に知れれば、何も知らない住職達まで危険にさらすことになるかもしれない。

悩んだ末、薫は晋助に非難されるのを覚悟で、少女と出逢ったことを打ち明けることにした。

「銃声を聞いただと?」

寺の講堂、晋助と万斉を呼び出して、薫は麓の街での出来事を話した。

「ええ、街に下りた時に、幕吏が数名ほど。人を追っているようでした」
「俺に断りもなしに、勝手に外へ出たのか」

案の定、晋助が厳しい声で言う。すかさず薫は反論しようとしたが、それより早く万斉が口を挟んだ。

「晋助、そう怒るものではない。薫殿を籠の鳥にしておくつもりでござるか」
「何だと?」
「このような場所にずっと閉じこもっていては、気分が晴れぬ。出掛けることくらい、好きにさせてやるがよい」

万斉は気を損ねた晋助を一笑し、薫に向かって尋ねた。

「して、逃げていたのは攘夷浪士でござるか?」
「いいえ、それが、若い女性だったのです」

薫は、少女と逢った時のことを思い出しながら話した。

「銃声がして、彼女が撃たれたのかと思ったのですが、どうやら彼女が拳銃を所持していたようで。回転式の、おそらく西洋の銃を、腰に二挺さしておりました」
「二挺使いでござるか」

薫が説明すると、万斉は心当たりがあるかのように、顎に手を当てて思案した。

「その女、まさか……な」

彼がそう呟いた時、講堂の戸が開いて、住職が顔を覗かせた。

「ちょっと、失礼します」

薫はてっきり、晋助か万斉が呼ばれるものと思ったが、住職が手招きしたのは薫だった。

「客人がいらしてますよ。貴女に返すものがあるとかで」

万斉と晋助は、険しい顔をして互いに見合わせた。まさか、こんな辺鄙な寺に客が来るとは。

「客人でござるか。薫殿、尋ねてくる者に心当たりは?」
「いえ、何も……」
「待て、薫。俺が出る」

晋助はそう言ったが、薫は彼を制して自らが行くことにした。

草履を履き、外に出る。すると寺の門のところに、若い娘が立っていた。
薫は驚き、口許に手を当てた。明るい髪色ですぐにわかった。そこには、今まさに話していた、麓の街で遭遇した少女がいたのだ。

「まあ、どうしてここが……」
「町の噂を訊いてきたッス。赤鬼寺に、見慣れぬ女が出入りしてるようだって。まさか、こんな場所に住み着くような変わり者が本当に居たなんて」

娘は、気味が悪そうに鬱蒼とした森を見渡す。薫は、ぎくりとして口を閉ざした。昼間、頻繁に寺から出入りするのは、晋助の言うとおり控えた方が良さそうだ。

「それはそうと、借りたものを返しにきたッス」

少女は、ポンと紙包みを薫に投げて寄越した。
中を確かめると、真新しい八掛地が出てきた。薫が手当てに使った生地の代わりを、わざわざ持ってきたのである。

「そんな、返していただかなくていいのに……」

薫が驚いていると、少女は偉ぶった態度で言った。

「貸し借りは私の性に合わないッス。それと、何処の誰だか知らないッスけど、こんな日の当たらない陰気な寺に居たら女が廃るッスよ。高い八掛に、すぐ黴が生えそうッス」

その時、薫の背後から、ザッと足音がした。

「薫、大丈夫か」

晋助であった。薫がなかなか戻らないので、心配して自ら出てきたのだ。

薫は晋助を振り返って、微笑んで頷いた。そして改めて礼を言おうと、再び少女の方を向いた時だった。

「!!!」

晋助の姿を見た瞬間、少女の顔がスグリの実のように赤色に染まった。

「……もし?どうかされましたか?」

薫が尋ねるも、少女は真っ赤な顔で棒立ちになっている。耳朶までもが、熱を持ったように赤くなっていた。
彼女はそのまま、暫く晋助を凝視していたが、やがて我に返ったように慌てて背を向けた。

「じゃ、……じゃあ、私はこれでっ!!」

少女はバタバタと音をたてて、石段を駆けおりていく。その後ろ姿を見つめながら、晋助は怪訝そうに眉をひそめた。

「何だ、あの娘は」
「随分と、そそっかしい娘でござるな」

いつの間にか、万斉も外に出てきていた。彼は身を屈めると、地に落ちた紙切れを拾っていた。

(先程までは、何も落ちていなかったのに……)

そう考えた薫は、はっと気付いた。少女が急いで身を翻した間際に、彼女の懐から落ちたのだ。


「やはり、か」

紙切れに目を通して、万斉がふっと笑う。

「あの娘、幽撃隊総督、紅い弾丸の呼び名を持つ来島また子にござる」


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