鬼と華

□鬼百合の唄 第五幕
2ページ/5ページ


弾丸のように強く降る、鉄砲雨が瓦屋根を打っていた。夕刻、突然に降りだした大粒の雨は、まるでこれから起こる波乱の予兆のようであった。

北小路にある幽撃隊の屯所では、来島また子がひとり、坪庭の様子を眺めていた。砂利が跳ね上がるほどの強さで、雨は激しく地を打ちつける。胸のうちに潜む、やりきれない怒りを現しているようだと、また子は考えていた。


やがて、扉が開いて湯川昭蔵が姿を見せた。

「珍しいですね、総督が屯所に一番乗りだなんて。どうりで、雨がこんなに酷く降る訳だ」

濡れた肩を払いながら、昭蔵は歯を見せて笑った。

「あまり、柄でもないことをしないで下さい。今度は、槍が降るかもしれませんから」


定例の会合のため、屯所には幽撃隊傘下の諸隊の幹部らが集まってくる。
全員が揃ったところで、また子は立ち上がって声を張り上げた。

「今日、みんなに話したいのは他でもないッス。いよいよ幕府が強硬手段に出た。公家衆を追放して帝に京都守護職に同意させ、町の者を排除しようとしているッス。この危機をどう乗り越えるのか、私達はどうすればいいか……」
「わしらができることなど、何もありゃあせんよ」

僧侶らを束ねる金剛隊の司令が、また子を遮って言った。

「明後日が立ち退きの期限だ。幕府は軍を引き連れて、抵抗するものの排除にあたるだろう。わしらは、見ていることしかできん」

その一言に、しん……と屯所は静まり返った。見ているしかない、それはまた子はじめ、幹部の全員が心のどこかで思っていることだった。

やがて、参謀の湯川昭蔵がその沈黙を破った。

「……皆さん、江戸の町に、天人がターミナルを建造したのは知っているでしょう」

何故江戸の話かと、幹部らは一様に昭蔵を見る。

「天人が開国の際に建てた、宇宙船発着の為の基地……まるで、この国を手中に収めたとでも言うように、あの禍々しい塔は江戸を見下ろしています」

江戸には行ったことのないまた子だが、江戸城よりもはるか高く、空に聳え立つ塔の存在は聞いたことがあった。ターミナルを拠点として、星々からの宇宙船が飛来し、天人らの玄関口となっていると。

「かつてターミナルの付近には、狛神を讃え黄龍門を守ってきた神殿がありましたが、天人により取り壊されたと聞きます。ターミナルだけではありません。近隣星々の大使館が所有する、広大な土地や豪奢な建物も、もとは江戸の人々が住まう場所でした。全て、彼らの暮らしを追いやって作られたんです。
古きにわたり町に住まい、根付いた土地を愛し、屋敷や家業を必死に護ってきた者達が……天人襲来によって、町を手離さなければならなくなった。彼らの犠牲の上に、江戸の近代的な町があるのです」

また子は、昭蔵が言わんとしていることを察した。ぎゅっと拳を握り締め、俯いたまま口を開く。

「今、京の町に起ころうとしていることは、それと同じッス……。京を護る、そのための私達幽撃隊が、町が変わろうとしているのを見ているだけなんて…………」

付属隊の幹部らは、各々難しい顔をしていた。また子が挙兵を決めたところで、彼らは隊を率いて付いてきてくれるだろうか。彼女の中には、そんな不安が渦を巻いていた。

だが、また子は彼らの顔色を窺っている自分に気付き、思い直した。もし、初代総督ならどうしただろうか。現実に目を背け、逃げ道を探るようなことをしただろうか。

彼女の耳には、張りのない声で、ひそひそと幹部達が言い合っているのが聴こえてきていた。

「幕府は、きっと多勢を引き連れてやって来るんだ。それを我々で討つというのか?」
「無謀すぎるぞ、幕府軍とやりあうなんて……」


また子は、腹を括った。
総督というものは、隊を背負う者だ。町を護らなくてはいけない、その時に立ち向かわずして、幽撃隊の名を語れようか。

「だけど、私達がやるしかないッス」

また子は、力強く声を張った。

「行くッスよ、私は。ひとりでも」

すると、よし!と言って郷勇隊司令の勝間田多二郎が腰を上げた。

「総督がそう決めたなら、話は早いぜ」
「勝間田先輩……」
「俺達は初代総督から、アンタを護るようにと言われてきた。今までは、猪みたいに突っ走るあんたの歯止め役だったかもしれねぇ、だが今は違う。俺達があんたの楯になる時が来たんだ」
「みんな!各諸隊全員に招集をかけてくれ!」

力士隊司令の那須唯則が、幹部達に向かって言った。

「決起の時は明後日。夜明けと共に、御所を取り囲み、幕府軍を迎え撃とうじゃないか!!」

威勢ある那須の声に、ワッと屯所が湧いた。だが、幽撃隊の諸隊は十二、その全ての部隊が決起に賛同しているわけではないことを、また子自身察していた。
不安を残したまま、幽撃隊は一斉蜂起を決め、戦への体勢に入ったのであった。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ