鬼と華

□螢夜 第三幕(後編)
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夕刻に雨は上がり、晴れた雲の隙間から、宵の月が白く浮かび上がっていた。地面が濡れて外は涼しく、雨上がりの匂いのする風を運んでくる。

薫は、縁側に出て夜風に当たりながら、晋助の晩酌につきあった。
庭の梔子(クチナシ)から、甘ったるい香りが縁側まで漂う。天鵞絨のような質感の真っ白な花弁が、雨粒に濡れて美しく光っていた。

梔子は、口なし……つまり、何も言わないという意味にかけられて、用いられることがある。白い花を見つめながら、薫はそんなことを考えていた。大村に会いに行ったことは、今となっては、晋助に言う意味はない。自分だけの胸に秘めておこうと、彼女は自身に誓った。


薫がぼんやりと考え事をしているので、晋助は気遣って尋ねた。

「ここでの暮らしは退屈か?」
「いいえ」

薫は、微笑んで首を振る。

「京の街は、美しくて飽きません。お鈴さんとお話するのは楽しいですし、此処は追われることもなく平穏で……薫は、幸せです」
「此処がそんなに好きなら、俺が京を去る時も、お前は残るか?」

晋助が、冗談めいて言っているのがわかった。薫は、彼に酒を注ぎながらクスクスと笑った。

「まさか」
「どうだかなァ」

晋助は疑り深い目をしながら、盃を口許に運ぶ。薫は、むっとして晋助の袖を掴んだ。

「晋助様、私をからかってらっしゃるのね」

薫の膨れっ面に、晋助はさも可笑しそうに笑って、盃をぐいとあおった。

「俺は何処にいても、お前さえいればいい」

と、晋助は薫を引き寄せて、素早く唇を重ねた。間近で見る彼の表情は情熱的で、思わずぼんやりと見惚れてしまう。

「俺の隣で、いつまでも美しく、咲いていてくれれば……」

まるで詩を紡ぐような、低くて穏やかな声で晋助は囁き、再び薫に口づける。酒を飲まない薫だが、晋助の口腔からうつる酒の味は、ほんのりと甘いような気がした。それだけで、酔ってしまいそうだった。


晋助が彼女の首筋に、噛み付くように歯を当ててくる。彼の思惑を察した彼女は、焦って制した。

「晋助様……!通りに、人がいますから……」
「夜は、この辺りは誰も通らない」

晋助は薫の手首を掴んで、床の間の上に組み敷こうとしていた。彼の片手一本の力にすら、薫は抗うことが出来ない。
困り果てて、何とか免れようと身を捩る。

「外が少し、涼し過ぎるのでは……」

そう薫が言うと、晋助は彼女に覆い被さって、耳許で短く呟いた。

「じきに暑くなる」




◇◇◇




晋助がもし世界中を敵に回しても、自分だけは最後まで味方になろう。そして彼が必要とするなら、体も、命も、全て捧げよう。
晋助が左眼と引き換えに、この命を救ってくれたのだ。


薫は四肢を投げ出して、縁側に寝そべっていた。ほどけた髪が、はらりと扇形に広がっている。
捲れた裾からすらりと太腿が伸びて、その白い肌を、晋助の唇が上へ上へと這い上がっていた。

「あぁ……!」

やがて、薫が甲高く叫び、反射的に太腿で晋助の顔を挟んだ。晋助は尖らせた舌を躍らせるようにして、彼女のしっとりと湿った粘膜を弄んでいた。

「お前のは……酒より甘い味がする」

口許を手の甲で拭いながら、晋助が言う。
恥ずかしさに真っ赤になって、薫は両手で顔を覆った。自分でも分かっていた。そこはほぐれて熱くなり、晋助を求めて、止めどなく蜜を溢していた。


晋助が強い力で膝を掴み、脚の間にぐいと入ってくる。一息に身を沈めると同時に、薫の背中が弧を描くようにしなった。
乱暴な手つきで浴衣を緩められ、上体が露になる。鎖骨から脇腹へ、晋助の手が感触を愉しむように優しく触れていくのを、薫は焦れて訴えた。

「し、晋助、様……!」

晋助は薄く笑みを浮かべながら、彼女の様子を愉しそうに見ていたが、やがて穿つような激しい動きで腰を繰り出してきた。
薫の白い肢体が艶かしく跳ねる様が、月の光にぼんやりと浮かび上がる。

「ん、ふっ……!!」

薫は思わず、下唇をきゅっと噛んだ。しんと静まり返った夜の空気に、自分自身の嬌声がやけに響くような気がしてならなかった。抑えられない声を止めようと、手の甲を唇に押し当てる。

「何を、している」

だが、晋助がそうさせなかった。
彼は薫の、両の腕の手首を重ねるようにして、頭の上で押さえつけてしまった。

「構わねェよ……!」

奥の、さらに奥の方へ入ろうと、薫の膝の裏に腕を差し入れて、彼女の両足を抱えあげる。ぐ、と体の中心が開かれたような感覚がして、薫は忽ち悲鳴を上げた。

「あぁ、晋助様……!!」


求められて、求められて。狂おしいほどに愛されて。

駈け上がるように頂点へ押し上げられ、目の前がぼんやりと霞む。この高まりのなかで、同じ瞬間に解き放ちたい、薫は切にそう願った。

やがて、その時が来た。晋助が腰を震わせ、熱いものが迸る。薫はか細い悲鳴を上げながら、晋助の腕にすがるようにして果てた。


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