鬼と華

□鬼百合の唄 第六幕
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京都御所、その外周には九つの門がある。南に堺町御門、東に寺町御門、清和院御門、石薬師御門、北側に廻って、今出川御門、そして西側に、乾御門、中立売御門、蜊御門、下立売御門と続いている。幕府軍は堺町御門より御所内に軍を進め、御所を基地として、立ち退きの見分に出向くようだった。

幽撃隊は、幕府軍が御所に集中しているところを狙って攻めるため、諸隊を三つの軍に分け、三方向から奇襲をかけることとした。
郷勇隊司令の勝間田多二郎が、第一軍を率いて東側の清和院御門から。力士隊司令の那須唯則が、第二軍となって南側の堺町御門から。総督来島また子と参謀湯川昭蔵は、第三軍として蜊御門と中立売御門のある西側から、御所へ向かった。


公家や町人が逃げ延びた後の、空っぽの京の町。幽撃隊の隊士達は各々武装して、御所へ向かって進む。

「総督」

また子の隣を歩きながら、昭蔵が神妙な表情で言った。

「さっき、わしは仲間の手前、総督であるあなたに決断を迫るような事を言いましたけど……」

彼は前だけを見て、静かな口調で続けた。

「戦いを決めたのは、あなただけの意思ではない。わしらの総意です。だから、この戦がどんな結末を辿ろうと、決して己を責めてはいけません。悔やんではいけません」
「湯川先輩……?」
「あなたのいい所は、後先省みず突き進むところです。先代の総督に、よく似ている」

戦の直前、急にそのような事を言われて、また子はくすぐったいような奇妙な気持ちになった。

「や、やだなぁ湯川先輩……何で今、そんなこと言うんッスか。まるで、今が最期みたいじゃないッスか」

わざと声を出して笑って、また子は昭蔵をからかった。だが、昭蔵の真摯な表情には、決戦を前にした男の覚悟が滲み出ており、笑顔などこぼれるはずもなかった。


第三軍では、また子が猟師の集まりである狙撃隊を指揮し、昭蔵が町人の集まりである市勇隊を指揮することとなっていた。また子は蜊御門、昭蔵は中立売御門へと突入する算段であった。
御所の西側まで辿り着き、建物の影に隠れて御所を伺うと、門の手前に、門番の兵士が槍を構えているのが見えた。

「既に一軍も二軍も、突入する体勢が整っている筈です。あなたが放つ一砲が、はじまりの合図になります」

と、昭蔵が告げる。
また子は小さく頷いて、手に持った拳銃を握り締めた。戦いが目前に迫った緊迫感で、引き金に掛けた指が、カタカタと震えていた。
緊張するなんて、柄にもない。また子は大きく息を吸って、遠くの赤鬼寺の方を見やってから、真上の空を仰いだ。

雲が落ちてきそうな、曇天の空が広がっている。彼女は、祈るように眼を閉じた。

(父上……どうか、どうか、私達に力を)


また子は、二挺の拳銃を構えた。
蜊御門へと狙いを定めると、立て続けに三発の銃弾を撃つ。

バン!バンバン!!

「うわっ!!」

突然の銃撃に、門番は驚き腰を抜かしている。
また子の放った銃声が、突入の合図である。遠くの清和院御門、堺町御門の方からも、幽撃隊の隊士らの怒濤のような咆哮が聴こえてきた。

「襲撃だ!襲撃だー!!」

門番達は慌てふためき、門の中へと逃げていく。たかが数百もの義勇軍が、幕府軍に噛みつくなど思ってもいなかったのだろう。


バン!バン!!

また子は両手に銃を構え、門番の後を追うように発砲した。それから隊士達にむかって叫び、自らが先頭をきって駆け出した。

「よしっ!行くッスよ!!幽撃隊!!」
「おうっ!!」

御所を囲んでの、幕府軍と幽撃隊との戦いの火蓋が、切って落とされたのであった。


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