鬼と華

□鬼百合の唄 第七幕
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また子が目覚めたら教えるように言い置いて、晋助は自室で眠るために出ていった。
彼女がふと瞼を開けたのは、それから間もなくのことだった。

「ここは……?」

天井を見上げ、掠れた声でまた子が言う。薫は目覚めたことに安堵して、枕元から彼女を覗き込んだ。

「赤鬼寺ですよ」
「アンタは……」

また子は薫の姿に気付いて、ゆっくりと上体を起こした。長い夢から醒めたように、じっと己の手を見つめてから、ぽつりと呟いた。

「私が生きてるってことは……」

何から話したらよいのか、薫は迷った。
晋助と万斉が幕府軍を足止めし、そのお陰で逃げられたこと。京の町中に火の手が回り、幕府軍が自ら撤退したこと。
大火は未だ続いており、蜊御門の付近は火事の中心部で、生きていたかもしれない幽撃隊の仲間を救い出すことが出来なかったこと。

だが、薫が言う前に、また子は自らの置かれた状況を察したらしい。悪い冗談を聞いた時のようにひきつった笑いを浮かべて、喉の奥から声を絞り出した。

「私ひとりだけ、生き残ったなんて……幽撃隊の、総督の私が……」


薫の脳裡に、蜊御門の前で拳銃を構え、ひとり立つまた子の姿が過る。最後まで戦い抜いた彼女は、寸での所で己の生を掴んだ。
だが、彼女の中にあるのは、取り残されたような無力感だ。

「みんなと一緒に…………死んだ方がマシだったッス……!!」

また子は握り拳を振り上げ、畳に激しく打ち付けた。二度、三度、何度も繰り返し打ち付けている。やりきれない無念さを、悔しさをぶつけているのだ。
だが、また子の言葉は、薫には聞くに堪えなかった。

薫は、また子の拳をがっしと掴んだ。

「あなたを護って、死んでいった人達もいるのです……」

あの時。蜊御門の付近で倒れていた隊士達は、また子を生かそうと、己の命を楯にして戦った筈だ。そうでなければ、また子は生き残らなかった。
薫は思わず、声を荒げていた。

「死んだ方がいいだなんて、彼らに向かって言えるのですか!!」

びくりと肩を震わせて、また子は薫を見る。脅えたように見開いたその眼から、大粒の涙がぼろぼろと落ち始めた。薫に掴まれた手を乱暴に払い、口許を覆う。
やがて彼女は、赤ん坊が泣くように、声をあげて泣きじゃくった。


薫は、また子から目を反らして唇を噛んだ。自分まで涙が出そうだったが、泣いてはいけないと思った。

胸が押し潰されそうに痛い。
また子の気持ちは、薫には手に取るように分かるのだ。攘夷戦争の終わり、晋助と薫も、鬼兵隊の仲間に窮地を救われて、自分達だけ粛清を逃れ生き延びた過去がある。
河原に晒し首にされた仲間達の夢を、薫は何度も何度も見た。仲間の死の上に立って生きる、その重み。終わることなく連なる後悔。また子も同じものを背負って、これから生きていくのだ。


暫くして、薫は部屋の入口に晋助が来ていることに気付いた。
彼は壁にもたれ掛かって、薫とまた子の様子をじっと見つめていた。

やがて、晋助は大股でまた子に歩み寄ると、彼女の傍らに膝をついた。

「また子と言ったか」

また子は、驚いてバッと顔を上げる。晋助は彼女を、正面からしっかりと見据えた。

「幽撃隊総督の名に恥じねェ、見事な闘い様だった。しかと、この眼で見させてもらった」

また子は涙と洟でぐしゃぐしゃに濡れた顔で、晋助を見つめている。
その目からまた涙の粒が溢れてくるのを、晋助は親指でそっと拭ってやった。

「まさしく、紅い弾丸の呼び名に相応しい。お前は生かされた。その命……無駄に散らすな」

それだけ言うと、晋助は踵を返して部屋から出て行った。

また子は、茫然とした様子で晋助の背を見送っていたが、ガバッと布団を頭から被った。唸るような泣き声が、布団の中から聴こえてきた。

ただ切ない気持ちで、薫は丸まった布団を見つめた。


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