鬼と華

□君に捧ぐ百代草 第二幕
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その夜、鬼兵隊の船へと戻った薫は、なかなか眠りにつけずに悶々としていた。騒々しくて雑多な町の雰囲気や、新しいものに溢れた界隈を歩いたせいで、体は疲れている。だが、妙に目が冴えて眠れない。
源外の言葉が頭の中で反芻して、何度も彼のことを考えてしまう。晋助に逆撫でするようなことを言われ、彼は何と思っただろうか。


やがて、機械音がして扉が開き、紫煙の香りを纏わせて晋助が入ってきた。甲板での夜の一服を終えて、薫の部屋に戻ったのだ。

「晋助様、三郎さんのお父上を焚き付けるようなことを言うのは、止してください」

薫は寝床から上体を起こして、昼間の晋助の言動を諌めた。

「私も間違っていました。ああして、お父上は静かに暮らしているのに、わざわざ昔の出来事を思い出させるようなことをしてしまいました。余計なことなど、しなければ良かった……」
「間違ってなどいねェさ。薫、お前は憎しみを忘れたのか」

晋助は薫の正面に膝をつくと、彼女の細い顎を片手で掴んだ。

「仲間を追い詰め、捕らえ、首をはねたのは誰だ?鬼兵隊の若い連中の未来を奪ったのは、誰だ?あの日……仲間の亡骸を見たあの時から、俺達は世界に復讐を誓ったはずだ」

薫はぎゅっと目を瞑り、晋助から顔を背けた。恐ろしい記憶、脳裡に焼きついた、河原に晒された仲間の首。
あのおぞましい光景を、三郎の父親も見たのかもしれない。その時彼は、何を思っただろう。

「敵を討つ、口で言うのは容易いが事を成すのは簡単じゃねェ。俺とお前の力だけで、復讐を遂げられる筈もあるめェよ。憎しみは束になればなるほど、鬼の牙は鋭く研がれる。俺には、三郎の親父の中に立派な牙が見えたが……お前には分からなかったか?」

晋助はそう言って、鋭い瞳で薫を見つめた。
仲間を失った悲しみと、たった一人の我が子を失った悲しみ。天秤にかけることなど出来ないが、河原で、変わり果てた我が子の首が晒された惨状を目にした時。源外の絶望の大きさも悲しみの深さも、薫の比ではないだろう。

ただ、わざわざ源外を逆撫ですることを言い、暗に復讐をけしかけるような真似をするなど、薫は間違っていると思った。何故なら、三郎が愛した父の背中は、純粋に機械に夢中になる、ただのカラクリ技師のものだからだ。

「それでも……三郎さんは、復讐など望んではいないでしょう。だって、三郎さんがどれだけお父上を大切に思っていたかを覚えているもの。いつもいつも、お父上の話ばかりしていたじゃありませんか」
「薫」

晋助は、薫が言うのを遮った。

「三郎が親父に何を望むかなんて、俺達にゃあ分かる訳もねェよ。あいつは死んじまったんだ。ただ、親ってェのは、子どもの為なら何でもしてやりてェモンだろうよ……」

晋助は薫の隣に寝そべると、彼女の肩を押さえて横たえた。肩の辺りを抱くようにして、深い吐息をつく。
だが、薫が目を開けたまま、不服そうに晋助を見つめているのに気付くと、彼は目許を緩めて微笑んだ。

「眠れねェか、今夜は」
「胸がざわついて、とても寝られそうにありません」
「思い出したか……昔のことを」

憐れみの浮かんだ目で言ってから、晋助は薫の上に覆い被さって来た。

「晋助様……?」
「眠れるようにしてやる」

ざら、と薫の唇の上を晋助の舌先が這う。躊躇いがちに唇を開くと、ぬるりと冷たい舌が侵入してきた。
煙草の味がして、器用に薫の舌が絡めとられ、唇を吸われる。堪らずに晋助の首に両腕を回すと、応えるように強く背中を抱き寄せられた。鼻から抜ける息が熱い。いつの間にか、唇を受け止めることに夢中になっていた。

最後に優しく唇に触れて、晋助は薫を解放した。ぼうっと見つめると、彼は穏やかな微笑を浮かべて、薫の頬を繰り返し撫でた。

「何も恐れるな。お前が案ずることはねェ。俺が必ず、うまく事を運んでやる」




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