鬼と華

□寒椿の追憶 第四幕
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寒椿の浪人、岡田似蔵を巡る騒動は一段落し、年末年始の暇を終えた隊士達が続々と船に戻ってきた。怪我をした万斉の回復も順調で、外見には健常と何ら変わりない。一月が終わる頃には、鬼兵隊の日常が戻りつつあった。


ある日、鬼兵隊の隊士達に一斉に招集がかかった。声をかけたのは鬼兵隊の参謀、武市変平太である。
彼は隊士達を操舵室に集め、もったいぶった調子で切り出した。

「さて、本日集まってもらったのは、他でもない、皆さんに重要なご報告があります」

武市は珍しく高揚した様子であった。
薫とまた子は壁際で話を聞いており、また子が不思議そうに首を傾げた。

「参謀自ら、何の話ッスかね?」

武市は散々に長い前置きをしてから、ようやく本題に入った。

「この船もあちこち老朽化が進み、隊員も増えて手狭になってきたところです。ここで思い切って、鬼兵隊の船をもう一隻、増やすことにしました。この船の機能の半分は、新しい船に移転することになります」

隊士達の間に忽ちどよめきが広がり、薫とまた子は驚いて顔を見合わせた。

「新しい船って……そんな話、知らなかったッス」
「……そうね」
「でも楽しみッスね!このオンボロ船だけじゃ、何かあった時に心許ないし」
「ええ、楽しみね」

また子と一緒に薫も微笑んだものの、彼女の頭に過ったのは、万斉の遣いで訪れた鍛冶屋である。
村田鉄矢と名乗った若い刀匠は、確か“移転の計画”と言っていた。それが船の移転を指していたのだとしたら……。晋助や万斉達の間で、水面下で準備が進んでいたとしても、何故鬼兵隊とは関わりのない彼が移転について知っていたのだろうか。

戸惑う薫の隣では、また子はキョロキョロと操舵室を見回し、残念そうに呟いていた。

「アレ?そう言えば晋助様と万斉先輩は……?」



◇◇◇



音楽プロデューサーという表の顔を持つ万斉は、仕事の為にという理由で船の自室を防音仕様としている。そのため他に聞かれてはいけない話をする時は、万斉は決まって自室に閉じ籠る。


武市が隊士達を集めている間、晋助と万斉は部屋に籠り、薫が鍛冶屋から預かってきた書状を熟読していた。書状には“村田鉄矢”と力強い署名があり、中には設計図のようなものが書かれてあった。
村田という名は、剣に心得のある者なら皆ピンとくる。村田仁鉄といえば江戸随一の刀匠として名高く、彼が亡き後も、彼の打った刀の完成度の高さは語り継がれていた。

「村田仁鉄……稀代の名匠と誉れ高いが、その息子もまた天賦の才の持ち主ということか」

と晋助が呟いた。

「天人が大砲をブッ放してこの国は開国の道へと進み、俺達侍から剣を奪った。そんな時代に刀で戦艦とやり合おうなんざァ……面白いじゃねェか」

彼らが見ていたのは、仁鉄が打った名刀、“紅桜”を雛形として、息子鉄矢が考案した対戦艦用機械機動兵器の図面であった。

鍛冶屋の傍らで長らく機械(カラクリ)の研究を続けていた鉄矢は、剣に人工知能を埋め込むことに成功した。人が鍛練を積み剣振るうのではなく、知能を有した剣が使用者に寄生し、その体をも操るのである。
更に特徴的なのは、人工知能は戦闘の経緯をデータ化し学習を積むことで、能力を向上していく。剣そのものが成長する、まさしく“生きた刀”である。

「新しい船に、この“紅桜”の量産工場を据えようと思うが。どう思う、晋助」

と、万斉は晋助の顔色を窺った。

鬼兵隊の船の移転は、手狭になったという理由だけではない。新しい船の中枢に動力機構を搭載し、紅桜の持つデータの高度化や共有の為の一大拠点を作るためである。

晋助は設計図を睨むようにして、万斉に訊ねた。

「万斉、コイツの威力はどれ程まで向上する?」
「使い込んだ紅桜は、一振りで戦艦十隻に匹敵する戦闘力を持つそうでござる」
「……まさしく、大砲と対等にやり合える刀という訳か」

晋助は可笑しそうに笑いながら、気に入った、と呟いた。斬れる刀、いい刀を打つのが刀匠というものだが、戦艦に張り合うほどの威力を持つ刀を打つなど、この時世に何とも酔狂な話である。戦闘能力を極限まで向上させた“紅桜”があれば、江戸のみならず、国全体を火の海とすることも不可能ではない。

だが晋助はふと、眉をひそめて言った。

「それにしても……こんな奇怪な剣を誰が持ちたがる」
「お主が持つか、晋助。主ほどの腕があれば、国を覆すのに一口(ひとふり)あれば足りるでござる」
「誰が持つにしても、だ」

晋助は書状に目を落としながら、自身の顎を指先でなぞった。

「剣の能力を向上させるには経験が必要だろう。だが使用者にとっちゃあ、己の肉体を剣に差し出すようなものだ。肉体的にも精神的にも、侵食される危険を孕んでいるんじゃねェのか」
「己の体が剣そのものとなる……そんな覚悟がなければ、紅桜を所有するに値しないと。そう言いたい訳でござるな」

万斉は含み笑いをしながら、言った。

「拙者はこの冬、適任の侍を見つけたでござる」
「適任の、だと?」
「勝負への執着、剣への拘りは人一倍強い。己の剣へ絶対的な自信を持つ、俊速の抜刀術の使い手……。奴なら己自身が剣となることも厭わず、強大な力を求めるでござる」

晋助は暫く無言で万斉の顔を見つめていたが、彼の意図を察して声を上げて笑った。

「万斉……てめェ、自分を刺した男によくそんな評価が出来るな」
「無粋なことを訊くものでない、晋助。剣と剣で語り合うのが侍というものでござるよ。寒椿の浪人の太刀筋には迷いがなかった。拙者は圧倒的なまでの、力への欲求を感じたでござる。おまけに奴は人一倍鼻が利く。奴の嗅覚は、必ず強者を引き当てるでござる」
「そうかい」

晋助は愉快そうに笑いながら、鉄矢が練った設計図を眺めた。
強大な力を持つ、刀を超越した剣を打つ刀匠。それに、剣に執着し力を求める、哀しき過去を持つ浪人。役者が揃いつつあると、彼は自然と笑みが込み上げてきた。


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