鬼と華

□花兎遊戯 第二幕
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華陀の身柄の引き渡しが済んでからも、鬼兵隊の船は春雨の母船近くにつけたまま、宇宙を漂っていた。春雨の巨大な要塞を、薫は複雑な思いでじっと見つめた。

華陀が吐いた情報をもとに、江戸に残った鬼兵隊の別動隊が隠し金の在処を探っている。本来ならそこに合流しに行く筈が、どうやら別件で、春雨から新たな指示が下ったようだった。晋助は春雨の幹部に呼ばれ行き来を繰り返しており、宇宙の滞在はもう暫く長引きそうである。手持ち無沙汰な船員や隊士達の表情には、疲れが出始めていた。

春雨と鬼兵隊。盟約を結んだ関係とはいえ、力の差は歴然だ。自分達の大将が春雨の指示のまま動く様は、立場を軽んじられ、都合のいいように利用されているようにも思える。誰も口にはしないものの、不満と疑念が船の中を渦巻いていた。


暫くして、薫の元へ万斉がやって来た。

「明日、晋助が春雨の本拠地に呼ばれているのは知っているな」
「明日も何も、ほぼ毎日のように、あちらの船に呼び出されているじゃありませんか」
「そう不満を募らすな」

万斉はそう諭してから、言いにくそうに続けた。

「その…どうも、先方がお主の噂を聞いたらしく、早い話、明日提督が主催する会食に招かれている。晋助と共に行ってもらいたい」
「……私に?」

薫は怪訝に思って首を傾げた。

「何故です?いつものように、万斉様がついて行くのが筋ではないのですか」
「拙者らにとっては馴染みがないが、異国では、社交場や懇親会には夫婦単位で招待されるのが普通でござる」
「夫婦!?」

薫が素っ頓狂な声を上げたので、万斉は苦笑して訂正した。

「失礼。パートナー同伴で招待、と言うべきでござるな」

万斉は言葉を濁したが、要するに、総督の晋助に女がいることが春雨の一部に知れたようなのだ。今回華陀を捕縛してきた功績に報いようと、提督自ら一席設けるので、薫も一緒にということだった。

「晋助が独りで行くのでは、こちらの顔も立たぬゆえ。宜しく頼む」
「そんな、急に……」

気が進まない薫であったが、そう言われては断る訳にもいかない。

(江戸であれば、攘夷志士の集まりに女が同席するなんて白い眼で見られて当然なのに。文化の違いは奇妙だわ)

会合は明日。あくまで幹部達と会話をするのは晋助で、薫に求められるのは、華やかに装って、彼の隣で微笑んでいることだ。
ただ悩ましいのは、その場に相応しい装いである。普段着で行くわけにもいくまい、そう考えていると、

「姐さん!!」

噂を聞きつけたのか、満面の笑みを浮かべ、また子がやって来た。

「姐さんの社交場デビューを記念して、コレ、私からの贈りものッス!」
「社交場なんて、そんな仰々しい…」
「是非!明日着てって下さいッス!」

また子から手渡されたのは、赤い刺繍の入った、光沢のある生地の洋服であった。

試着するよう言われ、着替えてはみたものの、鏡を見た薫は絶句した。詰襟で首元は隠れているが、袖がなく、肩から腕が丸出しである。それに弛みがないせいか、身体の線がくっきりと浮き出てしまう。
何よりも抵抗があるのは、横に深いスリットが入っており、太股から踝までを惜しみなく晒していることだ。

「どうッスか?チャイナドレスの着心地は」

部屋に入ってきたまた子に、薫は激しく首を振った。

「どうもこうもありません!こんな格好じゃあ、一歩も外を歩けないわ!」
「何言ってんスか。郷に入っては郷に従えって言葉があるのを知らないんスか。異国のお偉い方と会うなら、まずは外見から異国の装いで臨むべきッスよ。さあ、お披露目お披露目!」
「あ、ちょっと……」

また子は薫の腕を引いて、船の中をぐいぐいと進む。通路にいた隊士や船員達が、見てはいけないものを見てしまったように、気まずそうに顔を背けていくのがいたたまれない。薫は恥じらいを忍びながら、晋助がこの格好を見たら何と言うだろうかと、気が気でなかった。

「おや、よくお似合いですね薫さん。そんな格好で何処へ行くのですか?」
「あ、武市先輩!」

偶然武市とすれ違ったが、彼の女性の嗜好はやや特殊だ。薫の格好にも、顔色ひとつ変えない。
また子は悪戯っぽく笑って言った。

「明日、姐さんが春雨のお偉いさんに招かれてるって聞いて、チャイナドレスを着てみてもらったッス。この格好なら、向こうの連中も骨抜きになって、晋助様に面倒な指示もこなくなるんじゃないッスかね」

また子がふざけて言うのを聞くなり、武市は大きな瞳をさらに見開いて、まじまじと薫を見つめた。

「ま、まさか、薫さん……!」

彼は興奮した様子で、薫の肩をがっしと掴んだ。

「そんな露出の多い、刺激的な格好をしていくということは……さてはそのなりで第七師団幹部を誘惑し弱味を握り、懐柔させるつもりですな!」
「はっ?」
「晋助殿が言うには、夜兎の精鋭集まる第七師団を排除しろと、勾狼殿から協力を求められていると……。それを聞いた時は、一体どのような手段で宇宙最強の種族に対抗すべきかと悩みましたが、まさかのハニートラップ大作戦ですか。略してハニー大作戦ですか。なるほどソレは盲点でしたな……」

武市はブツブツと言いながら腕組みをしている。薫とまた子は、顔を見合わせて眉をひそめた。

「何の話かしら」
「武市先輩、何か勘違いしてるみたいッスね」


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