鬼と華

□花兎遊戯 第五幕
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神威の強烈な一撃によって、提督と勾狼は宇宙船の爆発とともに消えた。
勾狼側についていた師団長達も、神威が処刑を免れ第七師団艦隊が帰還したことで、再び神威の威光のもとに集った。春雨の雷槍を葬り去らんとした提督と勾狼の画策は、失敗に終わったのである。

第八師団は団長を失ったうえ、鬼兵隊と第七師団に追い詰められ窮地に立たされた。そのため鬼兵隊に謀反の疑いありとして薫を捉え、詮議を行う件など誰もが忘れてしまっていた。
それは薫も然り。三日振りに格子の外へ出て晋助の目の前に立つのに、ろくに髪もとかさずにいることが、気になって気になって仕方なかった。

「あの、鏡のあるところに行きたいんですが」

彼女は神威に頼んで、船員達が使う水場を借りて身なりを整えて、身ぎれいにした。
髪をまとめて簪を差していると、神威がからかいにやってくる。

「タカスギって奴、あんたの男なんでしょ。俺には見せてくれない所まで全部見せてる筈なのに、なんで今更髪型なんて気にすんの」
「……男の人には分からないわ」
「惚れた男の前だからきれいでいたいってこと?可愛いトコあるね」
「前にも言いましたけど、歳上の女に向かって可愛いなんて言わないものよ」
「なんでさ」
「そういう言葉は……」

好きな人に言われたい言葉なのだと、薫はそう言いたかったが、気恥ずかしくて口にはできなかった。


一方、晋助は船の発着場で、鬼兵隊の隊士達が船に乗り込み、春雨の拠点から引き揚げるのを見守っていた。
海賊の荒くれ共を相手に乱闘を繰り広げたものの、奇跡的に重傷者は一人もいなかった。宇宙を漂う退屈に喘いでいた隊士達は、くすぶっていた闘志をぶつけるように果敢に戦った。何よりも、素手で敵と渡り合う神威の姿に鼓舞されたのだろう。疲弊した様子もなく、活き活きと母船に乗り込む隊士達を見つめていると、

「鬼兵隊の旦那」

第七師団副団長、阿伏兎が話しかけてきた。

「鬼兵隊ってのは、国家転覆を目論むテロリスト集団って聞いたぜ。そんな連中が何故団長の処刑を止め、俺達の艦隊を救ったんだ?」

神威が処刑台に立つ、前日のことである。鬼兵隊は小惑星に紛れて消失した第七師団艦隊の探索に向かい、発見した艦隊に補助燃料を供給した。そのため艦隊は、処刑場まで辿り着くことができたのである。

「何が目的だ?春雨での地位かい、それとも金か?」
「そんなモンに興味はねェよ」

晋助は首を振って、懐の煙管に手を伸ばした。

「知ってるかい。兎はツキを呼ぶ生き物なんだとよ」
「ツキ?」
「同盟を結ぶなら、己の保身のことしか興味のねェ、お飾りの提督はいらねェ。持てる力を振りかざして国獲りに挑むような、バカと一緒に喧嘩がしてェのさ」
「……春雨の指揮権を団長に握らせようってのか」

阿伏兎は額を押さえて溜め息をついた。

「旦那ァ、無茶言わないでくれよ。元老の意向に背くような真似をしたら、いずれ俺達の首が飛ぶ。あんなスットコドッコイに、提督が務まるとでも思ってるのか?」
「上の補佐をするのが下の役目だろ。あの大将の下についたのが、運の尽きだな」

阿伏兎も神威と同じ夜兎族であるが、彼は力を振りかざす様な真似はしない男だ。副団長として神威の補佐役を務め、組織や外部との交渉事の一切を任されているからだ。
まだ若い神威が団長として組織を渡り歩いているのは、有能な補佐がいるからに他ならない。元老院の存在を無視して春雨を動かすにしても、彼の力が必要だった。

晋助は紫煙をくゆらせながら、阿伏兎の、がたいのいい肩を見上げて言った。

「お前はどうなんだ。元老院とやらの老い耄れジジイの顔色を窺って、奴等に顎で使われて終わりか。海賊ってのは、もっと自由で闊達な連中だと思っていたがね」
「……腹のたつ言い方するねえ、旦那」
「お前にも流れているんだろう、夜兎の血ってやつが。たまには、バカのやる事に付き合ってみるのも一興だぜ」
「バカになら付き合ってきたさ。今までだってな」

阿伏兎は低い声で笑いながら言った。

「歳は若ェが、第七師団、いや春雨の中でも、あのバカに敵う奴はいねえ。どんな逆境にあったってアイツは笑って闘うのさ。己の強さを求めることにしか興味のねェ、アイツは夜兎の血の塊、第七師団の象徴さ」

阿伏兎があまりに得意げに話すので、晋助は鼻を鳴らして笑った。

「アンタがあのガキの下についてるのはそれが理由か」
「男は単純でバカな生き物さ。だから強い奴に惹かれる。強ければ強いほどな。旦那も男なら分かるだろ」
「違ェねえ」

話しているうちに、ようやく身なりを整えた薫が戻ってきた。彼女の後ろを追いかけるように神威が続いて、何か話しながら笑いあっている。
端からみれば、年相応のあどけない表情で笑う少年。彼を最強の槍として、晋助は復讐の為に賭けたのだ。


晋助は薫の元へ行こうとしたが、背後から阿伏兎が彼を呼び止める。

「なァ、教えてくれ。女狐を捕まえた時から、アンタはこうなることを予見していたのかい」
「まさか」

神威の存在を知ったのは、船で偶然出会った薫に、彼がちょっかいを出してきたことだった。ほんの小さな始まりだった。
そのことを思い出し、晋助は愉快そうに笑いを漏らす。

「兎とのお遊びのお蔭さ」

こうして春雨十二師団は元老院との繋がりを絶ち、春雨の指揮権は神威が握ることとなった。春雨最強の男との同盟が鬼兵隊にとって吉と出るか凶と出るか、この時はまだ、誰も知らない。



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