鬼と華

□花兎遊戯 第一幕
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果てしなく続く暗闇が目の前に広がっている。鬼兵隊の母艦、操舵室から臨む宇宙の光景を眺めながら、薫はつくづく宇宙とは不思議なものだと思った。

宇宙は無限に広く、地球の砂浜の砂粒よりもずっと多くの星が存在するという。今もなお拡大し続けているというその大きさは、到底計り知れるものではない。それに比べれば、小さな島国に暮らし、数十年の寿命を生きる人の存在など、あってないようなものだ。
けれど、全てにおいて終わりがある世界に生きているからこそ、限りがないということは、まるで空想の出来事のように無気味で恐ろしい。無限の世界、無数の星。どこに何があるのか、どこから来てどこへ向かうのか、見失ってしまいそうになる。


「総督」

船員の声に、薫ははっと我に返った。操舵室に晋助が姿を見せたのだ。
船員は宇宙空間の座標を指し、晋助に言った。

「見えました。アレが春雨の母艦です」

彼が示した方向にじっと目を凝らすと、小さく船の形跡が確認できた。
江戸の船着き場を経って十数日。鬼兵隊の船は、ようやく目的地付近へ到着したようである。

「……大きな船……」

薫は思わず呟いた。近付くにつれ、その全容が徐々にわかってくる。遠くに浮かぶ春雨の船艦は、これまで薫が見たどの船よりも大きく、堂々たる様で宇宙空間を漂っていた。

「船というよりも、まるで要塞ですね」
「ありゃあ春雨の本拠地さ」

と晋助が言った。

「違法薬物やら軍事兵器やらの取引が奴等の本業だ。銀河のそこら中に拠点があるが、集めた物資はあの船に集約して捌くようだな」

春雨は天人で結成された宇宙海賊で、銀河系最大の犯罪結社だ。元老を頂点として、その下に提督と十二師団の組織で構成されている。
鬼兵隊は、その春雨と協力関係にある。とは言っても、春雨の傘下組織となった訳でも、密接な同盟を結んでいる訳でもない。春雨の地球での実働隊として働く代わりに、見返りとして報酬を得る、あくまで利害が一致する範囲で盟約を交わしているに過ぎない。

この度晋助は、あるものを引き渡すべく、春雨との接触を図ろうとしていた。

「お前も、向こうさんの船に行ってみるか」
「私も、ですか……?」

薫が曖昧な返事をすると、晋助はふっと笑って言った。

「天人は好きにはなれねーか」

晋助は見事に薫の本心を言い当てた。爬虫類か魚類のような皮膚や形状、或いは獣のような顔立ちの天人には、今や町を歩けば必ずと言っていいほど遭遇する。だが、薫にとってはどうも異端の光景に思えてしまう。天人の船など、気軽に足を踏み入れられる場所ではない。

彼女が渋い表情で春雨の母船を見つめているので、晋助は安心させるように言った。

「心配しなくとも、あの女狐を引き渡したら用事は済む。じきに地球へ戻れるさ」

その言葉に、薫は船の通路の方へちらりと視線を向けた。

動力機構付近に設けられた、簡易の牢屋。そこには今、ひとりの女が収容されていた。
江戸はかぶき町で巨大な賭博場を経営していたという、辰羅族の女性である。


  〜 花兎遊戯 〜


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