鬼と華

□花兎遊戯 第一幕
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話は鬼兵隊が地球を発つ前に遡る。
事の発端は、江戸の繁華街かぶき町での、町全体を揺るがす権力争いだった。

元々かぶき町では、かぶき町四天王と呼ばれる四つの勢力が互いに牽制し合い均衡を保っていたが、長年のいざこざによる軋轢を生み、とうとうぶつかり合いが起こった。
争いの末、三つの勢力については筆頭が隠居、後継にその座を譲る形となったが、唯一四天王の地位から失脚した人物がいる。その名は孔雀姫華陀、皮肉にも、権力抗争を巻き起こした張本人である。

彼女の正体は、宇宙海賊春雨第四師団の元団長であり、敵対する四天王を排してかぶき町を支配下におさめようと画策していた。しかし、他勢力によって自身が従えていた精鋭部隊が壊滅、残党を率いて奇襲を図るも返り討ちに合い、文字通り孤軍となってしまった。


後がなくなった華陀は、地下都市吉原に身を潜めて再起を図っていた。吉原はかつては夜兎王、鳳仙が君臨していたが、その支配から解放されて以後自由の町となり、地上から逃れてきたならず者の恰好の逃げ場所となっていた。

薄暗い路地裏を、華陀は黒い日除けのフードとマントを被り、人目を忍んで歩いていた。一見、行商か旅の途中の女に見えるが、時折フードからちらりと尖った耳が覗く。それこそ、三大傭兵部族と謳われた辰羅族の特徴である。


暫く行くと、彼女の前にひとりの男が立ち塞がった。髪は逆立った藍色、日陰だというのにサングラスをかけ、背に三味線を背負っている。
華陀と男は暫く無言で対峙していたが、男が微動だにせず出方を待っているので、華陀の方が焦れた。彼女は唇の端を歪めて、言った。

「……貴様、誰の手の者じゃ。たった一人でわらわを捕らえようなど、甘く見られたものよのう」
「お主こそ、このような界隈をたった一人で歩くような御人ではなかろうて」

男は、よく透る低い声で言った。

「自ら名乗ったらしいでござるな。春雨第四師団団長、と」
「正確には、“元”団長ッスよね」

と、甲高い声がして、男の背後から一人の女が現れた。金色の髪を、獣の尻尾のように片側で結び、肌を露出した赤い着物を着ている。両手にあるのは回転式の二挺銃。

三味線を持った侍に、銃を操る若い女。裏の世界を知る人物であれば、彼らが幕府筋から危険視されている攘夷志士であると察しはつく。
華陀の表情が、さっと青ざめた。

「貴様ら、まさか………!」

狼狽える華陀に、男はじりじりと歩み寄って間合いを詰めた。彼こそ人斬り万斉の異名を持つ剣士、河上万斉である。

「孔雀姫華陀……宇宙海賊春雨の派閥争いに敗けて後、地球に逃げ、かぶき町四天王の地位まで上り詰めたそうでござるな。だが、町ひとつを己の手中におさめようなど、野望が過ぎたようでござる。多くを望んだ代償に、これまで築き上げた地位をさっぱり無くしてしまった」
「何を言うかっ!」

華陀は激昂し、懐からクナイを取り出して万斉へと投げつけようとした。だが、振り上げた右手が空中で止まる。万斉の三味線から弦が伸び、彼女の腕に巻き付いて動きを封じたのだ。

そして万斉の隣では、赤い弾丸の異名を持つ拳銃使い、来島また子が、銃を構えて華陀へと狙いを定めていた。

「おのれっ」

華陀は素早くクナイを左手に持ち替え、腕に絡みついた弦を千切ろうとした。だが、万斉の操る弦は、鋼を超えるほどの強靭さを誇る。弦にクナイを弾かれ、焦った彼女は、マントを翻して逃げようとした。
すると彼女の背後に突然、大柄な男がヌッと現れた。

「殺してはなりませんよ。生け捕りにしなければ、狐の価値はありません」

男の大きく見開いた瞳が、じっと華佗を見据えていた。万斉やまた子が属する鬼兵隊の参謀を務める、武市変平太が、華陀の退路を塞いだのだ。

「ッ、次から次へと……!」

逃げ道を阻まれ、華佗は忌々しそうに呟き、左手に持ったクナイを武市めがけて投げつけようとした。
しかし次の瞬間、彼女は目を開けたまま、茫然とした表情で前のめりに倒れこんだ。また子の銃口が華陀に向けられている。だが彼女が持っていたのは、弾の代わりに麻酔針が仕込まれた銃。その針を首に打ち込まれ、失神したのである。


「あーあ。呆気ないッスね。わざわざ、私達が出張る必要も無かったッス」

また子は張り合いをなくして呟き、うつ伏せに倒れた華陀を見下ろした。

「辰羅族と言えば、夜兎、茶吉尼に並ぶ戦闘種族。敵に背を向けるなんて、名高い傭兵部族も落ちぶれたものッスね」
「この女、長きにわたりかぶき町で賭場を仕切っていたと聞く。辰羅族は長寿で有名な種族にござる。戦場から長らく遠ざかっていれば、闘いの勘なぞ、薄れてしまって当然のことでござろう」

万斉は華陀の腕に絡んだ弦を引き上げて、そのまま彼女をひょいと肩に担いだ。
ぐったりとした華陀を覗きこみ、また子が納得いかない様子で呟く。

「四天王の座から失脚、それに賭場の連中からも見放された天人なんて、利用する価値がないように思えるッス。晋助様は、コイツを捕まえて一体何をするつもりなんッスかね」
「この女、春雨の資金を横領して地球へ逃げた過去があるのでござる。春雨は統制を重んじる組織、制裁を下すべく、宇宙中を血眼になって捜していたが、顔も名前もすっかり変えて日がな賭場に隠っていたのでは、容易には見つけられまい」
「まあ、確かに……」
「この御時世、天人が賭場を営んでも不思議はないが、出自が不詳の女狐にござる。前々から尻尾を出さぬかと目をつけてはいたが、とうとう闇に潜めていた辰羅族の精鋭を率いて表へ立った。その時点で、狐は拙者らの罠にかかったのでござる」

万斉達は路地裏を後にし、仲間の隊士が待機していた車に乗り込んだ。
華陀は眠ったまま後部座席へ横たえられ、助手席の武市は、通信機を手に早速母船と連絡を取った。

「急ぎ、出航の準備をするように指示をしておきました。予想よりも早く、事が進みましたね」
「えっ?!もう宇宙(そら)へ発つんッスか?」
「勿論です」

武市は、当然というようにまた子を見た。

「元″第四師団団長の身柄を拘束し、春雨へと引き渡す。それがこの度の我々の任務ですよ」


車は吉原から遠ざかり、鬼兵隊の母船が停泊する船着き場へと向かう。
江戸を離れた時点で、華陀が地球で築いた地位は、まったく意味のなさないものになる。眠り続ける華陀の横顔を見ながら、万斉がポツリと呟いた。

「孔雀姫華佗……そんな風に呼ばれた栄華の時代も、脆く崩れ去るものでござるな」



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