鬼と華

□花兎遊戯 第四幕(後編)
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薫が牢に幽閉されてから、丸三日が経った。何をするでもなく、時間が過ぎるのを待つ三日間はただただ長かった。

晋助とは言い合ったきり、一度も顔を合わせていない。彼がまだ春雨の母艦に残っているのか、それとも鬼兵隊の船に戻ったのかはわからないが、牢の中にいる限り会いに行くことは叶わなかった。足音がする度に、もしや彼が来たのではないかと期待を抱いたが、それは全てが期待のままで終わってしまった。

晋助に会えるのは、ここから出られるのは、いつのことになるのだろう。そう考えていた時、大勢の足音が牢屋へと近づいてくるのが聴こえた。
ぞろぞろと現れたのは、勾狼団長率いる第八師団の一行であった。彼らは薫の隣の牢をガシャン、と開けた。そして頑丈な手枷と足枷をされた神威が連れ出され、格子の前に現れる。

「三日も一緒に過ごしたのに、こうして顔を合わせるのは初めてだね」

神威は、初めて会った時と同じような爽やかな笑顔を薫に向けた。

「コイツの処刑が済んだら、次はあんたの詮議に移る」

そういって薫を睨んだのは勾狼だった。彼女は腰を浮かせて、神威を見つめる。

「ねえ、処刑って……!」
「バイバイ、薫」

言い終わらないうちに、神威は手枷を引かれるようにして、第八師団に連行されてしまう。薫は格子を握り締め、その後ろ姿をじっと目で追いかけた。

処刑。その意味を考える。晋助の話では、神威の威光を怖れた提督と第八師団が、第七師団を処断するということだった。師団長の神威は反勢力の頭として、命までも奪われてしまうのだろうか。若く猛る少年であれども、組織のかざす権力の前では、脆くも摘まれてしまうのだろうか。
神威のいない牢屋はしんと静まり返っており、薫は胸に冷たい風が吹き抜けるような、何とも言えない気持ちになった。


やがて、いつものように囚人の世話のため、貂蝉が姿を見せる。

「出なさい」

普段なら手枷をするはずだか、彼女は牢屋の錠を開けたまま、じっと辺りを窺っていた。薫が怪訝に思っていると、貂蝉はひっそりと彼女に告げた。

「通路の先の階段を上ると、上の階に宇宙船の格納庫があるわ。避難艇に乗って、元の場所にお逃げなさい」
「……どういうつもりなの?」
「これから、神威の処刑が大広場で執行されようとしてる。牢番もひとり残らず見物に行ったわ。今なら逃げられる」

貂蝉は急かすように薫の背中を押した。

「こんなところに閉じ込めてしまって、悪かったわ。あなたを待ってる人がいる。さあ、早く行って!」
「……」

薫は牢から出ると、左右の通路に目を走らせた。確かに牢屋はしんとして、彼女達を除いては誰もいない。……かに思われたが、通路の突き当り、一際頑丈な格子に囲われた向こうに、見覚えのある女性の姿を見つけた。
それは変わり果てた姿の、華陀であった。彼女は虚ろな瞳で、椀を片手にナットを転がし、丁半の真似事をしていた。

姉を逃がしたい。貂蝉がそう語ったことを思い出し、薫は彼女の手を取った。

「あの人を連れて、あなたも一緒に行きましょう。早く出してあげて」
「私は駄目よ」

貂蝉は哀しげな瞳で数度首を横に振り、己の首にかけられた首輪を指さした。

「勝手に船を出ると、首と体がバラバラになってしまう。この首の装置には、逃走防止のために小型の爆薬が仕込まれてる。それに、あの人の牢屋は重罪人の入る場所。第八師団の団員じゃないと、開けられないわ」
「そんな……」

今は、この船の誰もが彼女達のことなど気に留めない。この機会を逃したら次はないかもしれない。何とかして貂蝉と華陀を連れ出す方法はないかと考えていると、再び、牢屋へと向かってくる足音がした。

警戒して身構えていると、彼女たちの前に現れたのは、薫がよく知る人物だった。

「女というのは、やはり内緒話を好むものでござるな」
「……万斉様!」

宇宙船の中だというのにサングラスをして、背に三味線を担いだ侍の登場に、貂蝉はあからさまに不審そうな表情をする。薫は、鬼兵隊の仲間だと告げて彼女を安心させた。

「万斉様、何故ここに?晋助様は……?」
「来たのが拙者では物足らぬでござるか」

万斉は笑い混じりに言って、続けた。

「船員達が一人残らず大広間に集っている。その隙を狙って、もうじき第七師団艦隊が帰還する」

驚いたのは貂蝉である。彼女は目を丸くして、万斉に訊ねた。

「第七師団は勾狼団長が始末した筈では?!確か、小惑星に紛れて消失、行方不明になっていると……」
「燃料切れで漂っていたところを、鬼兵隊の船員達が見つけたでござる。今から、神威殿の処刑場を戦場に変えに行く」

万斉は微笑みを浮かべて、涼しい顔で言った。

「勾狼団長は薫、お前の身柄を人質に、いずれは鬼兵隊をも始末するつもりにござる。そんな不届き者に、これ以上義理立てする必要はあるまいて。鬼兵隊と第七師団で、春雨相手に反乱を起こす」
「反乱ですって……?!」
「さよう。賑やかな喧嘩の始まりにござる」



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