鬼と華

□花兎遊戯 第四幕(後編)
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春雨の母艦、中央に位置する集会場には、十二師団員と船員達が一斉に集結していた。第七師団長神威が、提督の地位を脅かす反乱分子として、見せしめに処刑されるのである。

見物している師団員は、揃って複雑な表情をしている。師団を束ねる筈の提督は、元老院の顔色を窺うばかりで己の保身のことしか頭にない。最早誰もが、彼を提督として思っていない。かえって、古くから春雨の屋台骨を支えた第七師団の、春雨最強を謳われる少年こそ、春雨を導くのに相応しい器の持ち主である。
だが、この場でそれを主張する者は誰一人いない。提督の意向に逆らえば最後、粛清の刃が己に向くのを怖れているからだ。


処刑場の中央には、手枷をされた神威の姿がある。そこに、刀を携えた晋助が現れた。

「サシの勝負には応じてやれなかったが、介錯は俺が務める」
「女狐を狩った次は、夜兎の退治に付き合うのかい。地球人は働き者だね」

神威の皮肉に、晋助がフンと鼻を鳴らして笑う。

彼らから見えないところでは、第八師団の団員達が、ひっそりと銃を手にして晋助に狙いを定めていた。
提督と第八師団は、第七師団を排除するのと同時に、晋助に対しても芝居を打っていた。華陀の捕縛と第七師団の討伐、鬼兵隊を利用するだけ利用し、この先まで同盟を続ける意味は薄いとして、始末しようとしているのだ。

その目論見を知ってか知らずか、晋助は神威を前に悠然と構えている。

「幽閉されてる間、薫と話したよ。牢屋の中は退屈だったけど、いい話を聞けた」

と、神威がじっと晋助を見つめて言った。

「兎も波を奔るか……だっけ。夜兎って聞くとソレを思い出すんだってさ」
「竹生島(ちくぶしま)か」

晋助はふっと笑い、有名な謡曲の一節を口ずさんだ。

「緑樹影沈んで 魚木に登る気色あり 
 月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか
 面白の島の景色や″……醍醐天皇の時代の話さ」
「その意味を教えてよ。もし、また会うことが出来たら」
「あァ、いいぜ。地獄で教えてやる」

晋助は言い終わるや否や、刀を抜いて神威に斬りかかった。神威はドッと前のめりに倒れ、それを合図に、第八師団が晋助へ銃口を向ける。その時だった。

ドオオオオン!と集会場の二か所から、同時に爆発が起こった。予め、晋助の指示で鬼兵隊の隊士達が仕掛けておいたものである。直後、爆破で大穴が開いた場所から、爆風に乗るようにして隊士達が乱入してきた。

先陣を切って飛び出てきたのは、二挺銃を構えたまた子である。彼女は処刑台の傍に控えた第八師団の団員を捕まえると、ジャキンを銃口を向けた。

「オイ、そこのカエル」

その天人は蛙のような風体をしており、また子は銃口を鼻の孔に無理矢理突っ込んだ。彼女の眼は、猛烈な怒りで血走っている。

「テメーら、ホントいい度胸してるッス……。晋助様を騙した挙句、私らの姐さんかっ攫って牢屋に押し込めたらしいッスね」
「ひっ、ひいいい!」

蛙顔の天人が腰を抜かして逃げ出す。また子は銃を乱射しながら彼を追い詰め、不敵な笑みを浮かべた。

「攘夷志士なめてると、痛い目見るッスよ!!」

また子に続き、隊士達は刀を振りかざして次々に躍り出て、第八師団に斬りかかる。激しい乱闘が繰り広げられる中、倒れた神威が突然パッと立ち上がった。
晋助が斬ったのは神威の手枷だけであった。神威は刀の切っ先で破けた服を靡かせて、晋助の背後に立ち、笑顔で問う。

「さっきの言葉の意味、今教える気にでもなった?俺を助けるなんて、一体どういうつもり」
「助けたつもりはねェよ。同じく春雨に騙されかけた身だ、地獄まで、てめェを道連れにしてやろうと思ってな」
「……ははっ、面白そうだ」

その時、処刑場にワアアッと歓声が上がる。阿伏兎を筆頭に、第七師団が現れたのだ。
行方不明となっていた艦隊だが、鬼兵隊の協力により母艦に帰還、騙し討ちの報復をするかのように、武器の傘を敵に向け邁進していく。

鬼兵隊に、第七師団の夜兎の精鋭が加勢して、乱闘はますます混乱のていを増す。処刑場は戦場と化していた。その光景に、神威は待ちきれない様子で呟いた。

「さて。せっかくアンタが賑やかな戦場(あそびば)を用意してくれたんだ。俺達も暴れなきゃね」


処刑場に薫と万斉、貂蝉がやって来たのは、その頃であった。繰り広げられる乱闘の中で、薫は必死に晋助の姿を捜す。やがて彼女は処刑場の中央、次々と相手を薙ぎ払う晋助と、その背後にいる男を見た。

「晋助様と……あれは……!」

晋助と背中合わせになって、神威が闘っていた。
驚くことに、彼は何の武器も持たず、素手で相手に立ち向かっていた。その力の差は段違い。相手がどんな体格であろうと、武器を持っていようと、神威は手足を駆使して相手を捉え、一瞬にして葬ってしまう。

戦場を駆る兎は不敵な笑みをたたえ、この場にいる誰よりも愉しそうに拳を振り上げる。
春雨の雷槍、最強の男だ。


「やあ、薫!」

神威は薫の姿を見つけると、手を振って微笑んだ。

「処刑される筈だったんだけど、助けてもらっちゃったよ。アンタの男に」

彼はピョンと軽やかに飛び跳ねて、薫の側までやって来た。そして、ぐるりと戦場を見渡す。第七師団が帰還したことにより、十二師団員が次々に神威側につき始めているのが分かる。鬼兵隊と第七師団の猛烈な勢いに乗せられ、提督など怖れるに足らずと悟ったようだ。逆に、処刑を敢行しようとした第八師団の団員が、次々に追い詰められている。形勢は完全に逆転していた。

その時ちょうど、処刑を執り行う立場の提督と勾狼団長が、隠れるようにして処刑場から逃げ出していた。
神威はそれを見届けると、ポキ、と指の骨を鳴して、薫に向かってにこやかに宣言した。

「さてと。ここは阿伏兎達に任せて、俺はブタとオオカミを退治してくるよ。奴らには、格別痛い目を見せてあげないとね」



◇◇◇



提督と勾狼団長が逃げ込んだのは、十二師団の宇宙船の格納庫だった。彼らが競うようにして船に乗り込み、逃亡の準備に手こずっているところに、颯爽と神威が現れた。

「提督ー!勾狼団長ー!」

無邪気に手を振る神威が船のモニターに映り、勾狼は顔色を変えて慌てふためいている。

「目には目を、歯には歯をって言葉、知ってますかー?アレって、目を潰した罪には己の目をもって償えっていう、無駄な復讐の連鎖を断ち切るための規律なんだそうですよ」
「ちょ……ちょっと待て神威、早まるな!」
「三日も牢屋にぶち込まれて、“死ぬほど″退屈な思いをしました。だから、その分をアンタ達に返してやります」

神威は宇宙船に向かって駆け出し、バッと鳥のような跳躍を見せた。

「もう二度と、そんな真似ができないようにね!!」

彼は宇宙船に向かって飛びかかり、強烈な一撃を食らわせた。直後、ドガア……ンと轟音が鳴り響き、巨大な宇宙船が真っ二つに割れた。衝撃で地面まで罅が入り、ドオオオオと派手な音をたて下の階へと崩れていく。
同時に、船の燃料に引火して各所で爆発が起こる。船は何度も爆発を繰り返しながら、形を失っていった。


神威を追って格納庫にやって来た薫と貂蝉は、その光景を唖然として眺めていた。耳が割れるような音をたてながら、船は瓦礫の山に変わり果てて崩れていく。格納庫は宇宙船の重さにも耐えうる、頑丈なつくりのはずだが、神威の一蹴りは容易くそれをも砕く。夜兎の力、底知れぬ怖ろしさだ。

だが、宇宙船の残骸が落ちていく様子に、貂蝉の顔がさっと青ざめた。下階は、華陀が幽閉されている牢獄である。



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