鬼と華

□黄鶯開v 第五幕
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危険な目に遭った以上会津には長居できないと、サキの体力が回復してから、彼女と久久は駕籠で江戸の一橋邸に帰ることとなった。出立の前日、薫は彼らとの別れを惜しみ、必ず再会することを誓った。

それから薫が晋助の元へ戻ると、彼は窓辺にある対の肘掛椅子に座って、煙管をふかしていた。彼女の姿を見つけると、彼は最後の煙を窓の外に吐いてから、煙管盆に灰を捨てた。

「サキさんにお別れのご挨拶をしてまいりました」

薫は淋しそうに微笑んで、晋助の向かいに座った。
彼らもまた、サキと同じ日に旅籠を発ち、鬼兵隊の船と合流する手筈になっていた。会津で過ごす最後の日であった。

「また会いましょうとお約束したのですが、庶民が一橋邸に、易々とお訪ねしてもいいのでしょうか」
「さァな」

薫が困り顔で言うと、晋助はふっと笑みを浮かべた。

「しかし驚かされたな。あの母子が一橋の側室と世継ぎだったとは」
「加賀山先生もご存知なかったようです。きっと、ご身分を隠して会津にいらしたんでしょうね」
「政敵にしろ何にしろ、敵が多いというのは難儀なことだな。形勢を崩すには、まず弱いものから狙われる。母親はそれを分かって、こんな辺鄙な土地で子どもを産んだんだろう」
「強いものですね。母親というのは……」

薫は何とも言えない表情をしている。いつか母親になりたいと、彼女がそう言ったのを思い出し、晋助は言った。

「一橋家と俺とじゃあ比較になりゃしねェが、俺だってそれなりのものを敵に回してる。お前もいつか、あの母子と同じ目に遭うかも知れねェよ」

脅すような言い種になってしまうのが不思議だった。

「それでも、お前の気持ちは変わらねェのか」
「はい」

薫は明朗な返事をしてから、小さな声でぽつりと言った。

「晋助様の子どもが、欲しい」

彼女の本心だった。だが口に出したら急に恥ずかしくなってしまって、彼女はふいに視線を背け話題を変えた。

「……そう言えば、旅籠のご主人が何度も謝っていましたよ。晋助様がお泊まりになるのに、狭いお部屋で申し訳ないと」

離れの部屋にサキを泊めるかわりに、彼らは旅籠の使用人の休憩場所を借りて寝泊りしていた。窓辺に対の肘掛椅子があるだけの簡素な部屋で、布団を二組敷くのがやっとという広さである。
薫が急にそんな話を引っ張ってきたので、晋助は可笑しそうに肩を揺らして笑った。

「そんなこと、俺ァ気にしちゃいねェよ」

彼は笑いながら窓の外の中庭を見つめた。残雪はすっかり消え、葉のない枝の先には蕾が膨らみ、土の泥濘に緑の芽が芽生え始めていた。間もなく庭は春の眺めとなるだろう。日に日に芽吹く光景を、今暫く見ていたいという気持ちになる。
季節も何もかも、周りにあるものは目まぐるしく変わっていく。せめて自分達だけは、できるだけ永く、何も変わらずにいたいと思う。

「ずっと、此処にいてもいいと思えてくる」

晋助は目の前の薫を見つめた。

「お前がいてくれさえすれば、俺は何だっていいのさ。船にも戻らねェで……此処に閉じ込められたままでも構わねェ」
「閉じ込められるなんて、ご冗談を。きっと、明日には飽きてしまいますよ」
「どうだか」

晋助はふっと微笑み、向かいに座る薫へと手を伸ばした。膝に置かれた白い手に、自らの手を重ね指同士を絡ませ合う。そのまま指先に力を入れて、彼女の手をきつく握り締めた。

薫がちらと上目で晋助を窺うと、彼は熱のこもった視線を合わせたまま、もう片方の手で、着物の上から膝小僧を撫でてきた。言葉が一切なくても、彼が何をしたいのかが分かった。だが、薫は戸惑った。会津に滞在している間、からだを重ねたのはたった一度きり。それも翌日に痛みが残るほど、彼は激しく彼女を抱いた。その晩の苦い記憶と、目の前にある彼の手と、どちらかを選べと言われているようで、彼女は黙って俯いた。

やがて晋助は彼女の手を両手で包むようにしながら、

「お前の嫌がることは、もうしねェ」

と言って、薫の足許に膝まづいた。

「痛がることもしねェ。俺に、見せてくれ」
「…………」

有無を言わせない誘い方だった。
薫が躊躇っていると、晋助は椅子に座った彼女の膝を立たせ、力任せにぐいと横に開いた。着物の裾を払い除け、腿に手を添える。

「ああ……!」

羞恥に薫が顔を背けるのと同時に、秘所が空気に触れる感覚がして、彼の目の前に曝け出されてしまった。

視界の隅に、晋助の鼻先が茂みの下へ潜っていくのが見える。彼は亀裂をそっと指で押し開いて、薄い赤色をした割れめに口づけをした。そして時折、薫の様子を窺いながら、折り重なった肉襞を唇で食みながら解していった。

「んう……あっ!」

ぞくぞくと背筋が震えた。下から上へ、舌が這いまわる度に、熟れた水蜜桃のごとく蜜が滴るのが分かる。愛してほしいと、受け入れたいと誘うようだ。
薫は後ろに腕を回して、椅子の背凭れを握り締めた。そうでもしないと、腰からずるずると崩れ落ちてしまいそうだった。

暫くの間、たっぷりと濡れるまでに愛撫を繰り返してから、晋助は包皮の剥けた肉芽に吸い付いた。

「っ!ア、だめ、……あぁっ!」

薫の甲高い声が天井に響いて、腰が大きく跳ね上がった。彼は舌の先で、赤く充血した粒をとらえてじっとりと嬲った。強い快感が絶え間なく突き上げてきて、臍の下がつりそうになる。

(こんなことーーー!)

どうして、晋助はこんな事までしてくれるのだろう。世界に復讐をと、数々の暗躍を繰り広げてきたこの男が、女ひとりを溺れさせるために、こんな真似までするのだろう。
薫は朦朧とした頭の片隅でそんなことを考えながら、身を捩り、熱い息を吐き、かたく瞑った瞼の裏で近づいてくる高みを見た。

「お前が悦ぶなら、ずっとこうしてやる」

と晋助が言う。足の間から、濡れそぼった音が絶えず聴こえてくる。自分の意思とは無関係に腿が震え、時折頭の後ろから、カツンと金属の冷たい音が響いた。背凭れを握ったまま、無意識に爪をたてていたのだ。

薫の頬は赤く上気し、耳の先までも真っ赤になっていた。そうして彼に導かれるまま、すすき泣きと擦り切れた喘ぎを何度も繰り返して、絶頂まで上り詰めた。

「っは、あぁ……」

ぷつりと糸が途切れたように、力がするすると抜けていく。薫は椅子の背凭れに首を預けて、喉の奥から息を絞り出した。呼吸をする度に、からだの中からまた熱いものが湧き出してくる。
すると晋助はまた舌先にそれ絡めて、再び肉芽の愛撫をはじめた。これ以上はとても耐えられそうになく、彼女は両手で彼の額を抑えつけ、必死になって制した。

「あっ、も、はあっ、よして……!」

何度目かの懇願で、晋助は小さく笑いながらようやく彼女を解放した。そして甘えるように、彼女の下腹にそっと頬を押し当てた。

「……晋助様……?」

肌と肌とが触れる感覚に、お腹の奥がきゅうと切なくなる。
彼は臍の下あたりに唇を寄せたまま、

「傍にいさせてほしいと……」

と、上目で彼女を見上げた。

「お前は昔、俺にそう言ったが、何があっても傍にいろと、我儘を言ったっていいんだぜ」
「……わがまま?」
「女の我儘をきいてやるのが男の度量だが、お前には俺の我儘に付き合わせてばかりだ。宇宙(そら)だろうと何処だろうとお前を連れ回して、もう何年になるのか……」

じゃあ、と薫は言った。

「子どもが欲しいというのは、私のわがままになるのかしら……」

晋助はふっと笑うと、彼女の膝の裏に腕を差し入れて椅子から抱き上げ、寝床に横たえた。


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