鬼と華

□胡蝶之夢 第二幕
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厳しい炎天が続く大暑の頃、夜にも日照りを象徴するかのように赤く輝く星がある。旱星(ひでりぼし)と呼ばれる火星である。江戸付近の船着き場に停泊した鬼兵隊の船では、煌々と輝く赤い光を遠くに望みながら、甲板に出た船員たちが思い思いの時を過ごしていた。

しかしその日、船の中は独特の緊張感が漂っていた。総督である晋助と幹部達が、操舵室に一堂に会したからである。
人斬り万斉の異名をもつ河上万斉、赤い弾丸と恐れられる拳銃使い、来島また子、そして参謀武市変平太。彼ら幹部達が集まるのは、重要な局面で物事が動き始める時だ。


晋助は船員たちを捌けさせると、一橋派と接触した件について報告をした。

「幕府傘下のお役人もさることながら、名だたる幕閣の歴々が喜喜を将軍へと推している。一橋派につけばお家安泰、そんな風潮まで出来上がっていやがる」
「喜喜が将軍の器に相応しいかどうか、そのことは二の次のようでござるな」

万斉が皮肉をこめて口を挟むので、晋助は失笑しつつ話を続けた。

「中身のねェ男を担いで利用する、それが三天の怪物が選んだ策さ。案の定、喜喜は俺達をただの手足としか思っちゃいねェが、俺達にとっちゃあ彼奴こそが将軍の首を獲るのに必要な道具さ。一橋の名は、とことん利用させてもらう」

晋助がそこまで言った時、また子がおずおずと、躊躇いがちに口を開いた。

「あの……ちょっと待ってくださいッス」
「どうした、また子」
「現将軍と一橋派が敵対しているからって、次期将軍候補と云われる奴が攘夷浪士と手を組むなんて、何だか納得がいかないっていうか……裏がありそうな気がするッス」

また子は不安げな表情を浮かべて、仲間達の顔を順繰りに見た。

「将軍暗殺に成功したとしても、疑いがかかるのは最大の政敵、一橋派に間違いないッス。喜喜が将軍の座を狙っているなら、私達攘夷志士との繋がりなんて何が何でも世間にはバレたくないはず。奴が陰で私達と手を組んだのは、将軍暗殺の下手人として、私達に罪を背負わせるためなんじゃないッスか」

彼女は膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。

「暗殺の疑いが向けらた場合には、私達を実行犯として粛清……。私達、ただ、いいように使われるだけじゃないッスか」
「その通りですよ。また子さん」
「えっ」

武市の言葉に、また子は驚いて声を上げる。彼は表情を微塵も動かさないまま、淡々と言葉を続けた。

「将軍の座を得るための手足として、容易く利用し使い捨てる、一橋喜喜が我々と組んだのは、そんな安直な考えがあったからだと思います。国に諍い続ける攘夷志士、そして我々と同盟を結んだ宇宙海賊春雨。その戦力があれば、将軍暗殺も不可能ではないと踏んだのでしょう」
「だが、そうは問屋が卸さないというものでござる。復讐を遂げるために必要な手足は、もう一足がまた足りぬ」

武市に続いて、万斉が言った。一足が足りない、万斉がそう指したものが分からず、また子は首を傾げたが、他の三人は心当たりがあるようだった。

「我ら各々、今夜より動く。復讐を果たす、その時機を逃がさぬためにも、思い悩む暇があるならまず動くことでござる」
「万斉の言う通りだ」

と、晋助は不適に笑った。

「戦いってのは、一日早ければ一日の利益がある。まずは飛びだすことだ。思案はそれからでいいのさ」



◇◇◇



それから、晋助は再び江戸の一橋邸のもとへ内情を探りに、万斉は同盟関係にある春雨第七師団との会合へと、小型艇で飛び発った。
船に残ったまた子は、黄色い声をあげてはしゃいでいた。

「さっきの晋助様、めちゃくちゃカッコよかったッス!!ヤバいッス!!さすが私たちの大将ッス!!」
「ハイハイ、あなたは暢気でいいですね」

武市がまた子をあしらいつつ、彼らは船の通路を進んでいた。すると、船員たちが小型艇に数名分の積み荷を運びこみ、出立前の点検をしていた。その様子に、また子は不思議に思って武市を呼び止めた。

「晋助様は江戸市中に、万斉先輩は宇宙へ行ってしまったし……武市先輩、私達もどこかへ行くんッスか?」
「時に、また子さん」

と、武市が唐突に言った。

「石川五右衛門をご存知ですか」
「斬鉄剣持ってる人ッスか」
「いえ、モンキー・パンチのじゃなくて、ガチの方です」
「それくらい知ってるッスよ。有名な盗賊でしょ。釜茹での刑にされたっていう……」
「いかにも。ですが彼は、もともとは忍者だったという説があるのです。伊賀流伝説の上忍、百地家の弟子だったにも関わらず、里を捨てて盗賊になったとか。彼が釜茹での刑になったのは、時の権力者、豊臣秀吉の暗殺を謀ったからとも云われています」
「忍者って……武市先輩、まさか忍を使って将軍を毒殺とか、そんな時代劇みたいなこと考えてんじゃないッスよね?」

また子は半笑いになって、武市の肩を叩いた。

「そんなの無理に決まってるじゃないッスか!幕府のバックにいるのは御庭番衆、奴らは将軍派の忍ッスよ」
「確かに、御庭番衆は幕府お抱えの忍術集団です。しかし、彼らは伊賀越えの功で家康に召し抱えられて江戸に根を張った、伊賀流の分派に過ぎません。伊賀の忍びは、戦国時代から金で雇われ利益を追求して動く傭兵集団。言うなれば、伊賀に残った忍達には、国への忠誠心などありません」
「それじゃあ……幕府が茂茂派と一橋派に分かれているように、伊賀に残った忍者を一橋派の味方につければ……」

また子は閃いたように、パッと目を輝かせた。

「万斉先輩が言ったところの、“もうひとつの手足”が出来る訳ッスね!」
「まあ、そう簡単ではないでしょうがね。伊賀忍者は古くより服部家、藤林家、百地家の三大上忍が里の実権を握っています。服部家は先の伊賀越えの功で江戸に拠点を移しましたが、里と縁が切れた訳ではありません。里を仕切る藤林家と百地家も、言うまでもなく有力な上忍。ですが……」

武市は不気味な響きを含ませて言った。

「戦国最強の忍びとも云われた伊賀忍者も、宇宙最強の戦闘種族の前で、どう出るのかは分かりませんがね」

これより、武市とまた子は忍びの里を偵察するため、伊賀へと飛び立った。
そして、万斉が春雨のもとへ向かっているのは、伊賀を抱き込むべく春雨に協力を仰ぐため。鬼兵隊は将軍暗殺計画を実行に移すべく、忍びを利用しようと画策を始めていた。



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