鬼と華

□胡蝶之夢 第三幕
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伊賀の国、伊賀流忍者の隠れ里は、険しい山々に囲まれた場所にあった。京にほど近い位置にありながら、その地形のためか中央の支配は行き届かず、その土地に根付いた権力者が長らく独自の統治を行っていた。その一方で、京を逃れた亡命者たちの潜伏場所にもなっており、彼らが持ち込んだ諜報術を源流として、忍術が発展したともいわれている。

伊賀忍を生んだ忍びの里は、人々の間では“不知火”と呼ばれていた。外からの侵入を容易には許さない、山深い場所にある忍びの聖地である。その周辺の様子を調べるため、鬼兵隊のまた子と武市は伊賀に潜伏し、不知火への到達手段を探っていた。

色づき始めた山道を、彼らは数名の隊士と伴って進んでいた。山の奥深くに分け入り暫く行くと、切り立った崖に、洞穴らしきものがあった。用心深く、一行はそこへ近づいたが、また子がスッと片手を挙げ仲間を制した。

「ちょっと、待ってくださいッス」

彼女は足許に転がっていた、こぶし大の石を拾い上げ、洞穴の入口めがけて投げつけた。すると、たちまち斜め上空から、数本の矢が立て続けに飛んできた。矢が刺さった部分、土の色がじわりと変わっていく様子が遠巻きにも確認できた。毒の仕込まれた矢なのだ。

「おお、危ない。迂闊に近付けませんね」

武市が肩を竦めた。常人の目には分からないが、里への侵入を防ぐために、各所に巧妙な罠が仕掛けてあるらしい。

「石コロひとつたりとも侵入を許さないという訳ですか。さすがは忍びの聖地といわれるだけはありますな」
「里の者が来ないうちに、ここは引き揚げた方がよさそうッスね」

また子の判断で一行は元の道を戻ったが、また別の場所で新たな罠を見つけた。無断で里に足を踏み入れようなら命を奪う、不知火はまさに忍びの要塞である。
伊賀の忍びは、古くからどの武将にもつかず、誰の庇護も受けない独立した職業集団だった。彼らと接触を図れるのは、戦国の時代より彼らを買っていた一握りの権力者に限られている。将軍暗殺に伊賀衆を利用しようとしていたまた子達であったが、正攻法で依頼をすることは困難だった。

何人も寄せ付けない、山の向こうにある伊賀の里は鉄壁に囲まれている。武市は腕組みをして、四方の山々を見た。

「ひとまず、江戸に戻って作戦会議ですか。あまりウロウロしていると、忍びの術でかどわかされそうですからね」



◇◇◇



いつ何時でも正体を隠し、記憶にも歴史にも名を残さないのが真の忍者というものであるが、伊賀の国に広く伝わる忍者の名がある。それは伊賀衆の中で絶大な権威と実力を誇る、服部家、藤林家、百地家の三家だ。
江戸に戻ったまた子と武市は、その名を出しつつ、偵察の結果を晋助に知らせた。

「伊賀の里は、三大上忍中心の合議制です。彼らの立場は対等ですが、服部家が伊賀越えの功で徳川家に仕えるようになってからは、藤林家と百地家が里を仕切っています。この二人と直接話しができれば早いのですが、里の周囲には機械仕掛けの罠が張り巡らされ、地上から侵入するのは難しいでしょう」

忍と接触するための算段は、既に別に整えてある。だが重要なのは、忍衆をただ屈服させることではなく、選択して一橋派につかせることだった。

「伊賀衆と話をするのには、出来るだけ少ねェ人数で行く。俺一人でも構わねェくらいだ」

と晋助が言った。伊賀に協力を仰ぐのは政略である。一橋の使者として、彼は忍衆と話をする心づもりでいた。
だが、武市はそれに反対した。

「晋助殿、相手は体術に長けた職業傭兵集団です。戦闘以外の知識も豊富、侍が単身で、正面から戦うような相手ではありませんよ。お一人で行くわけには……」
「晋助様、私をお供に行かせてくださいッス!」

と、また子が武市の言葉を遮って、身を乗り出した。

「私は里の周辺も見ていますし、忍の術でも私の二挺銃を止めることはできないッス。私を護衛役として同行させて下さい!」

また子は“紅い弾丸”の異名で攘夷浪士の間でも恐れられる拳銃使いである。飛び道具を使え、尚且つ細身で身軽な彼女は、護衛には適任であるかに思えた。
晋助と武市が顔を見合わせ、迷っていると、

「私の二挺銃が何の為にあるか、それは忍だろうと誰だろうと、晋助様に敵を近づけさせない為ッスよ!」

自信たっぷりに言う押しの言葉で、また子も里へ行くことが決まった。
そしてちょうどその頃、万斉が協力を仰いだ春雨第七師団が、宇宙(そら)の彼方から地球を目指していた。



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