「あーすみません、生3つ」 「ちょっと、先輩聞いてるんですか?」 「野分しつこい!何もねーよ」 「ヒロさんは黙ってて下さい」 「はぁ?つーかお前、何か俺に隠し事してるだろ」 「何ですかそれ。ヒロさんに隠し事なんてあるわけないです」 「どうだかな」 「ひどいっ俺を疑ってるんですか?」 気が付けば勝手に痴話喧嘩が始まっていて、俺は完全に蚊帳の外だった。何でこうなるかな。 「はいはい、ほーらビール来たぞ。もっかい乾杯でもすっか」 「「黙ってて下さい」」 綺麗にハモった2人が一斉にこちらを向いた。 「お前、俺に黙って動物拾ってきただろ」 「は?拾ってませんよ?」 「もう隠さなくていい。俺に言い出せなくて悩んでるんだろ?津森さんが言ってたぞ。うちの生徒で飼えそうな奴探そうか?」 「あの、何の話ですか?」 ああ、もうダメだ。 初めは耐えていた俺も、全く噛み合っていない会話に、思わず吹き出してしまった。 「くくっ……ごめんごめん、誰も拾ったなんて言ってないだろ?上條さん勘違いしすぎ。野分もはっきり言ってやればいいのに。入りたいんだろ?一緒に風「わーわー、ちょっと先輩話しちゃったんですか?」 言い切る前に、野分が慌てて言葉を遮って頭を抱えた。 「いや、思い詰めた顔して悩んでるってことだけ」 「あぁ〜もう〜」 「ペットの話じゃないのか?じゃあ何だよ、言えよ」 「帰ってからじゃダメですか?」 「当たり前だ、もったいぶらないで今すぐに言え」 「怒らないで下さいね」 「そんなの聞いてみなくちゃ分からねー」 下を向き、はぁ〜と長いため息を吐く野分。暫くして覚悟を決めたのか、頭を上げて上條さんを見た。 「だからその、不足してるんですよ」 「何が?」 「ヒロさんが」 「はい?」 「俺はもっと、イチャイチャしたいんです。お風呂だって一緒に入りたいし、とにかくヒロさんに触れていたい。それに……」 「…………はあぁぁぁぁぁ?」 自分から無理やり聞き出したくせに、上條さんの顔は面白いぐらい真っ赤で、心なしか身体が震えている。それとは対照的なのが野分。吐き出してスッキリしたのか、随分と清々しい顔をしているから可笑しかった。 「え、や……だって津守さんエサをやれって。俺はてっきり……」 「だーかーらー、野分が欲求不満になっちまう前に、ちゃんと充分なエサを与えなさいってこと」 「欲求不満って……エサ???さっぱり意味が………………っ !!」 ようやく「エサ」の意味を理解したらしい上條さんは、口をパクパクしながら固まった。 鈍いなぁ。でもまぁ、これで野分には貸し1つってことで。 「ヒロさん?」 「うるさい、喋んな、黙れ!」 「じゃあさ、野分なんてやめて俺にしとく?」 「そうゆう冗談はやめて下さい」 「もう〜キスした仲じゃないですか」 間接キスだけど、と重要な所は心の中で呟く。かなり端折ったが嘘は言っていない。 「は?アンタ何言ってんだ……ちょ、待て待て、違うっ、違うぞ野分!」 「キスってどうゆうことですかっ !! 」 俺のキス発言により、もう痴話喧嘩どころの騒ぎではなくて。怒りに満ちた野分が、俺の胸ぐらを掴もうとする。それを見て、前のめりになる野分の後ろ襟を上條さんが慌てて引いた。 「バカ、落ち着けって!俺が間違えて、津守さんのビールを飲んじまっただけだ」 「キスされたわけじゃないんですね?」 「当たり前だっ !!」 「あーでもそれって、間接キスってことですよね?ダメですヒロさん、消毒しましょう」 「あのなぁ、人をバイ菌みたいに言うな。先輩に向かって……って聞いてねーし」 ここはちょうど隅っこの奥まった場所にあるテーブルで、しかも大きな柱がある為周りからは死角になっているはずだ。それをいいことに、野分は上條さんの顎を掬うと躊躇いもなく口づけた。 消毒と称されたキスはこれまた随分と念入りで、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい濃厚なものだった。 しかもベロチューかよ! 初めは野分を力いっぱい突っぱねていた腕も、いつの間にかシャツをきゅっと握り締め、必死にしがみついている状態。それどころか上條さんの瞳はトロンとし始めて、完全に2人の世界を作り上げていた。 …………マジかよ。 「続きは帰ってからにしろ、俺の前でイチャつくんじゃねぇーよ」 この声にいち早く反応したのは上條さんだった。我に返った彼は、野分を責め立てながら騒ぎ始めた。 「バ、バカヤロー、お前何やってんだ恥ずかしい」 「だって先輩が俺のヒロさんにっ」 「俺はまだ何もしてねーって」 そう言って、チラリと上條さんを見れば。 「まだって、やっぱりするつもりだったんですねっ?ダメです!俺のヒロさんを、そんなイヤラシイ目で見ないで下さい !!」 イヤラシイって失礼な。でもまぁ、彼にますます惹かれたのは事実だけれど。 野分の異常な警戒心は、俺に限ったことではない。上條さんに近付くあらゆるものに嫉妬し、独占欲を露にするのだ。心底惚れているらしい。上條さんにこれだけ隙があるのだから、心配する気持ちも分からなくもないが。 しょうがない。今日はもう充分に楽しめたし、これぐらいでいいにしとこうか。やり過ぎたらあとが怖いから。 「ヒロさん帰りましょう」 「ああ。そうだ、支払い……」 「いいですよ、誘ったのは俺だしご馳走します」 「でもそれじゃ……」 「そんなに言うなら、またデートして下さいね "ヒロさん"」 わざとヒロさん呼びして手を振れば、野分がまたギャンギャン騒ぎ始める。上條さんの肩を抱き寄せながら「ヒロさんは俺のです!」なんて言われて、思わず口許が緩んだ。 この2人は見ていて本当に飽きなくて。これだからやめられない。 にしても、野分の奴マジで殴る気だったよな。 今日のことで、可愛い後輩の悩みが消えたのならそれはそれでいい。 あの2人が、この後どんなことになるのかは想像がつく。しかしそれを、明日惚気という形で野分から延々と聞かされるかと思うとげんなりするが、なぜかそれすら微笑ましく思えた。 静かになったテーブルで、俺は最後にもう1杯だけ酒を注文した。 END. 20151216 蓮。 |