純情エゴイスト

□恋せよ乙女!
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研修医として大学病院で働く野分は、多忙のあまりここ数日家に帰って来ていなかった。まぁでも、それが仕事なのだから仕方がない。野分は小児救急を希望していて、その為に今まで頑張ってきた。俺はそれを理解しているつもりだし、応援してやりたいと思う。
しかし、もう少しゆっくり話す時間も欲しい。こう考えてしまう自分は勝手なんだろうか?
早く野分に逢いたい。

連絡が無いってことは、今日も無理そうだな。明日は休みだと言っていたから、もう少しだけ我慢するか。本当のところ、その休みだって呼び出しが入ってしまえば行かなくてはならないし、当てになるものではない。

「ん……」

頬に触れる温かい指と、唇に感じる柔らかい感触。あまりにも心地よいこの状況に陶酔しきってしまう。
夢?
どうやら俺はいつの間にかソファーで寝てしまったらしい。いくら寂しいからって、野分にキスされる夢を見るだなんて絶対にどうかしている。
ぼんやりしていた頭が徐々に覚醒し始めた。ゆっくり目を開くと目の前は真っ暗で、見えるはずの天井が見えない。それに、少し息苦しく感じて上手く呼吸が出来なかった。
何だこれ……?

「んん……」

ここでようやく、キスされたのは夢なんかではなく、今キスされているのだと気が付いた。

「ヒロさん、ただいまです」
「野分……お前何やってんだ、帰って来んなら連絡ぐらいよこせっ」

すぐ目の前に野分の顔があり、慌てて身体を起こす。クッションを抱え一人パニックになりながら、にっこりと微笑む野分を見上げた。

「一応メールはしたんですけどね。起こすつもりはなかったんですが、すみません……寝顔が可愛すぎてつい。ヒロさん逢いたかったです」
「可愛いとか言うな!」

俺の言葉を無視して、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる野分。久しぶりに感じるその体温は、俺の心を満たしてくれた。

「ヒロさん?どうかしました?」
「え?あぁ、何でもない」

久々だったとは言え、迂闊にも野分に抱き締められウットリしてしまった自分が恥ずかしい。
バカか俺!頭をぶんぶん振りながら、すっかりピンクになってしまった気分を振り払った。

「な……んだよ、俺の顔に何か付いてるか?」
「いえ、何も付いてないですよ」

野分が俺の顔をジーッと見つめてくるから、顔が火照ってしまってしょうがない。つーか、俺だけが余裕が無いみたいでムカつく。
まぁとにかく、だ。
疲れているだろうから早く休ませてやりたい。

「早く風呂でも入ってゆっくり休めよ」
「ヒロさん、一緒に入りませんか?」
「俺はもう入ったからいいんだよ!」
「えーそうなんですか?じゃあ明日は一緒に入りましょうね!」
「アホか、いいから早く行って来いってば」
「寝ないで待ってて下さいよ?」

何言ってんだか。お前の方が今にも寝ちまいそうな顔をしてるくせに。野分とまともな会話をするのは一週間ぶりで、こんな些細なやり取りでさえ嬉しく感じてしまうなんて。
どんだけ飢えてんだって話だ。

風呂から出た野分は、濡れた髪をタオルで拭きながら上半身裸で部屋に戻ってきた。別に裸なんて珍しくないのに、何故か今日は必要以上に反応してしまっている自分に嫌気がさす。
久々だから?確かに人肌恋しかったのは事実認める。だからって何乙女モードに入ってんだ。
お、落ち着け!
それよりも明日は休みなんだから、たまには二人で外に食いにでも行くか?

「なぁ野分、明日……」

おいコラ、俺より携帯かよ!
携帯を見ながらニヤついている野分にイラつき言葉を途中で飲み込んだ。

「何ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪ぃ」
「すみません、何でもないです」

野分は慌てて携帯を後ろに隠した。それがまた面白くない。それが何でもないって態度かよ!まさか、浮気とか?マジふざけんな!

「野分、その携帯みせろ!」
「怒らないって約束して下さい。そしたら見せますから」
「はぁ?知らねぇーよ、そんなの見てから決める」

怪しい、怪しすぎる。相手は誰だ?
真っ先に思い浮かんだのは、同じ大学病院で働くあの男、津森の顔だった。

「ヒロさ……苦しい、離して下さい」

野分の頭を抱え込みヘッドロックを決めると、ようやく携帯が俺の手元にやってきた。

「最初から素直に見せればいーんだよ。……なっ……野分っ、何だこれはっ!」

目に飛び込んできたのは、待ち受けになっていた写真。それは俺の寝顔だった。

「アホか!勝手にこんなとこ撮んな、消してやるっ!」
「ダメです、止めて下さいっ」

データを消そうとすると、野分は俺から携帯を取り上げてしまった。

カシャッ。

「ヒロさん、怒った顔も可愛いです」
「野分、テメッ全然反省してねぇーな!」
「ねぇヒロさん。もしかして、俺が浮気でもしてると思いました?」

最悪だ、何でこんなことになってんだよ。

「え?……図星?顔が真っ赤ですよ」

そう言うと野分は、後ろからぎゅっと抱き締めて、首筋にキスを落としてきた。

「そんなことするわけないでしょう?こんなにあなたに惚れてるのに」
「バッカ……やろ」

写真のことは明日でもいいか。こうやってすぐ流されてしまう俺は、学習能力が無いのかもしれない。
でも、もう少しこうやって野分の体温を感じていたいから。無駄な抵抗はやめて、大きな野分の胸に背中をあずけた。


END.

→あとがき。

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