普段から子供達の元気な声が飛び交っているけれど、この日は更なる賑わいで笑い声が絶えない。部屋にはジャックオーランタンが飾られ、研修医である俺を含め医師やナースは思い思いの格好をしている今日は、ハロウィンだったりする。 小児病棟では毎年恒例となりつつあるハロウィンパーティー。入院中で退屈している子供達を喜ばせようと最初はお菓子を配る程度だったのに、どうせならとことん楽しんでしまおうと、いつからか仮装までするようになったのだ。 パーティーと言ってしまえば少し大袈裟かもしれない。そんな大層なものではなくて、子供達からすれば部屋がハロウィン一色になるだけで、それはもう大変な騒ぎとなる。 「野分、何だよソレ。もっと他になかったのかよ」 先輩医師である津森さんがヴァンパイアの衣装を纏い俺に近付いてきた。 「一応狼です。海賊の衣装着てみたら微妙に丈が短くって。ほら、俺デカイですから」 「お前は狼ってより、どう考えても犬だよな」 俺は狼の頭を被り、両手に狼の手をはめていた。ちょうど、狼の大きな口から顔を出している状態で、これがまた何とも間が抜けている気がする。仮装と言うよりは、どちらかと言えば、子供向けの着ぐるみショー的な物に近いような。 「やーん、草間先生可愛いー」 この姿を見た看護師が何故か騒ぎ始め、子供達も俺を取り囲むように集まってきていた。 「お前狙っただろ」 「え?何がですか?」 先輩の言ったことはさておき、子供達が喜んでくれたのならこの上なく嬉しく思う。彼等の笑顔は何ものにも代えがたい。 「くさませんせー、とりっく、おあ、とりーとー」 一人の女の子がそう言い出すと、次々に「とりっく、おあ、とりーと」の声が上がりだす。 「みんなちょっと待って、順番にねー」 子供達を並ばせ、予め用意しておいたキャンディーをポケットから取り出した。さすがに狼の手では思うようにならないので大きな手は一旦外し、一つずつ丁寧に配る。 貰い終わるとまた他の先生の所へ行き、子供達は同じことを繰り返していた。 * 「なぁ、上條さんにピンクのナース服着せたらどうなるかな」 衣装を脱ぎ、先輩が普段通りの白衣姿でそんなことを言い出したのは、食堂で遅めの昼食をとっている時のこと。 「え、何……ブッ……ゴホッ……」 いきなり先輩がとんでもないことを言うもんだから、俺は噎せてしまい慌てて水を飲む。 「おい、大丈夫か?」 「先輩が変なこと言うから……」 ヒロさんがピンクのナース服?実際に着てくれるかどうかは別として、目の前でそんな格好をされたら……。 想像するくらいは許されるだろうと、取り敢えずその姿を頭に思い浮かべてみれば、何とまぁ悩ましい姿であったことか。 家に帰って、ミニスカートのナース服を着たヒロさんが待ってたらどうしよう!あぁー可愛すぎるっ!! 「おーい、野分?戻ってこい、野分!」 「あぁ……すみません、ヒロさんがあまりにも可愛すぎて……ダメですっ俺どうにかなりそう!」 「なーに妄想してんだよ、惚気はいいって」 「先輩のせいですよ。と言うか、そんなことさせたら後でどんな目に遭うかわかりません!」 あのヒロさんがそんなお願いを聞いてくれるとは到底思えない。確率は限りなくゼロに近くて。それどころか相手にさえしてもらえないだろう。 そもそも普段から『好き』と言う言葉でさえ聞くのが難しい人なのだ。もしそんな風に言って貰えたら、ただそれだけで頑張れるのに。 俺の妄想は敢えなくここでストップする。 「…………だよな」 「…………ですよ」 そして、はぁ、と大きく息を吐き出しながら、すっかり止まってしまっていた箸を再び動かし始めた。 |