最近、野分の顔色が余り良くない。夜勤は多いし、急患でも続いたら、休む間もなくぶっ続けで働くことになる。 昨日も久々に顔を合わせたかと思えば、フラフラ状態で帰ってきて、何も食べずに寝てしまった。 完全に時間帯がすれ違い、顔を見れないことも少なくない。勿論こればかりは俺がどうこう出来る問題ではないので、せめて野分の負担を減らしてやるくらいしかなくて。 昼はちゃんと食べているのだろうか?その時間を取れるのかすら怪しいが、弁当でも作ってやろうと考えた。いくら忙しいとは言え、何も食べずに働き続けては身体がもたない。 翌朝短い時間でも食べれるようにと、おにぎりと簡単なおかずを作っておいた。 野分が起きてきたのは、いつもよりも30分遅い時間。少しでも長く寝かせてやりたかったから、あえて声をかけなかった。 「ヒロさん、おはようございます」 「おはよ、ちゃんと寝れたか?」 「はい、でもやっぱり疲れは取れませんね」 「お前大丈夫か?」 「これくらい平気です。それに明日はやっと休めそうなんで」 とても平気そうには見えなかった。それどころか、ヒロさんこそ大丈夫ですかなんて言って、笑った顔が痛々しい。 「ほら、これ持ってけ」 「え……おにぎりですか?」 「それなら簡単につまめるだろ?だから、ちゃんと食えよ」 「ありがとうございますっ !! 嬉しい、もったいなくて食べれないかも」 そう言って野分はギュウギュウと抱き付いてきた。もしもこいつに尻尾があったら、ブンブン振り回してそうだ。 「く、苦しいから離せっ!それぐらいで喜んでんじゃねぇーよ」 「だって、だってヒロさんが俺の為にっ !!」 まさかこんなに喜ぶとは思わなくて、些か大袈裟な感じもするが、悪い気はしない。 「もう分かったから早く行けって」 言い終えたと同時にチュッとキスをされて、じわじわと顔が火照り始める。 「なっ……」 「ヒロさん可愛いです、行ってきます」 「バカ野郎、可愛いとか言うな。とっとと行きやがれ」 意打ちのキスとか卑怯だろ。一瞬固まってしまい無理矢理追い出してしまったが、野分の柔らかい唇の感触は残ったまま。 本当は嬉しいくせに、ぞんざいな態度を取ってしまうのは、恥ずかしさから。どう返したらいいのか分からなくて、ついやってしまう。 あんなに喜んでくれるのなら、今度はもう少しまともなやつを作ってやろうか。そんなことを考えながら、俺も部屋を出た。 昼過ぎに携帯が震えて、メールの着信を伝えた。開いてみれば送信者は野分で。 『ヒロさん、すっごく美味しいです!』 誰に撮らせたのか(まぁ、想像はつくけれど)、満面の笑みでおにぎりを頬張る野分の写真までが添付されている。あいつ何やってんだ、そんな報告いらねぇっつーの。 それでも、ちゃんと食べてくれたことが嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。 「上條、何かいいことでもあったのか?」 「はい?」 「顔がにやけてる。はっは〜ん、恋人からのメールか?」 「そんなんじゃないですよ」 慌てて携帯をジャケットのポケットに押し込め、顔を引き締めたが、教授は追及の手を緩めない。 この人が絡むと話がややこしくなるから、適当にあしらって、授業で使う資料整理に没頭した。 それにしても、弁当って何を入れたらいいんだ?帰りにレシピ本でも探してみるか。 困らない程度の自炊はしているが、人の為に弁当など作ったことがない。どうせ作るのならば、栄養が偏らないように、何よりも美味しく食べてもらいたいと思う。 こうして帰りは、レシピ本選びに小一時間悩む羽目となったのだ。 |