純情エゴイスト

□彼等の恋愛事情
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かれこれ連続勤務が何日続いただろう。その間一度も家に帰ることもできずに、寝不足な日々が続いた。
特に小児科医は数が少なく、当直明けも通常の外来に加え、病棟業務を行うハメになるのは珍しいことではない。
そんな中、今日はようやく取れた貴重な休日だ。特にやりたいこともなかったので昼過ぎまで寝て、動き出したのが午後になってから。そのまま1日ダラダラ過ごしても良かったが、気分転換に目的もなく外に出ることにした。

「なーんか面白いことねぇかなー」

平日の昼間だと言うのに人が多い。独りごちて、特別行きたい場所もなく、ひとまずカフェで時間を潰そうと適当な店に入る。
中に入り窓際の席に座ると、壁側に座るスーツを着た営業マン風の人が目に入った。スマホ片手に手帳を広げ、スケジュール確認だろうか?何やらメモをとっていた。
またある席では、子連れの主婦達が世間話に花を咲かせている。人間ウォッチは嫌いじゃない。そうこう言う自分だって、小児科医には見えないんだろうなと、どうでもいいことを考えながらコーヒーカップに口を付けた。
客が入れ替わる中コーヒーのおかわりを何回かして、時折読みかけの本に目を通しながら時間はゆっくりと流れていく。

本も読み終えてしまい、さすがに人間ウォッチにも飽きてきて、再び外に出たのはいいけれど。そうそう面白いことなんて転がってはいなかった。
気が付けば、随分と長い時間コーヒーだけで居座っていたらしく、陽が落ち辺りが暗くなっている。
もう今日は何も起こりそうにない。いい加減諦めればいいものを、あと少しだけ……なんて微かな期待を胸に大型書店に立ち寄った。
ここは品揃えがいいので幅広い年齢層が足を運び、各々がお目当ての本を手に取っていた。
せめて何か暇つぶしになりそうな本でも探してから帰ろうと思い、反対側の通路に移動しかけた時。
学生と思われる数人のグループの後ろを、物凄い勢いで通り過ぎる人物がいた。端整な顔立ちをした彼は、顔見知りだった。

「見ぃつけた」

思わず口角が上がる。何をそんなに急いでいるのかは知らないが、彼も1人らしい。間違いない、あれは上条さんだ。
彼を見失わない程度の距離を保ちながら、何で俺がこんなことを……と自嘲してあとをつける。

彼は脇目も振らずに真っ直ぐと迷いなく突き進み、辿り着いた場所には分厚い専門書籍が並んでいた。
М大文学部の助教授なんて、それなりの努力がなければなり得ないし、もちろん優秀な人だとは思うがどこか危うく可愛らしい人。
険しい顔をして本を眺めていたかと思えば…………あ、笑った !
あんな顔を見るのは初めてだ。俺が見たことあるのはいつも難しそうな顔で、笑顔とは程遠いものばかり。
嬉しそうにパラパラとページを捲って一人頷きながら本を閉じ、どうやらお目当ての本が見つかったらしい。
その後もう1冊別の本を手に取り、颯爽とレジの方向へと歩き出した。
支払いも済み本を受け取ると、それを抱き締めるようにして店の外へと向かう。自分も誘われるようにして外に出たのはいいけれど。
取り敢えず、彼の姿を追った。
一瞬野分の顔がチラついたが、迷わず上條さんに声をかけた。

「上條さん」
「…………ああ、どうも」
「あれ?元気ないなぁ」
「気のせいじゃないですかね」
「そう?」

さっきまであんなに嬉しそうな顔をしていたくせに、声を掛けた主が俺だと分かると少し顔を引き攣らせ、分かりやすく警戒体制をとった。
そんな彼は、俺が務める大学病院で研修医をしている野分と付き合っている。
ヒロさんヒロさんと野分の話題には彼がよく登場し、俺も何度か顔を合わせ話したことがあった。
医者とは患者の命が最優先。プライベートなんて、あってないのも同じだ。おまけに野分は救急医療を希望しており、その時点でそう長くは続かないだろうと思っていたのに。

「偶然ですね〜せっかくなんで、一緒に飲みません?」
「帰ってこの本読みたいんですけど」

先程買った本が入った紙袋を俺に見せると、上條さんはくるりと向きを変え歩き始めてしまう。せっかく暇つぶしのターゲットを見つけたのだ、俺もこれくらいじゃ諦めたくない。

「えー冷たいなぁ。ちょっとだけ、ねぇいいでしょ?上條さん」
「ついて来ないで下さい」

足を止めることなくそう言って、俺の方を見向きもしない。やっぱりガードが固い、と言うより……すっかり嫌われてしまったらしい。
彼の許可なしに部屋に泊めてもらったり、野分のことで少々厳しいことを言ったことだってある。当然の結果か。仕方なく俺は、最も有効だと思われる名前をチラつかせた。

「あの、野分のことで相談が……」
「野分?」

しおらしく言えば、案外簡単に食いついてくる。俺から野分と言う言葉が出たのが気に入らないのか、せっかくの綺麗な顔も険しいものへと変わった。
それでも上條さんを引き留めることに成功した俺は、構わず近くにあった居酒屋に彼を連れて入った。

「で、相談って?アイツがどうかしました?」
「まぁそんなに怖い顔しないで。乾杯しましょ、乾杯っ。ほーら、ジョッキ持って」

さっさと済ませて帰りたい。そうハッキリと態度に表す上條さんにジョッキを持たせ、カチンと勝手に合わせた。
その顔、嫌いだと言われているみたいでさすがの俺も傷つくんですけど。
彼の容姿は、実年齢よりも遥かに若く見える。改めて見てみればやっぱり綺麗な顔をしているし、何と言うかこう…………苛めたくなってしまう。気になる子にちょっかいを出して気を引く、的な?正にそんな感じ。

「俺の顔に何かついてますか?」

視線に気付いた上條さんは、目にかかった長めの前髪を払いながら、ジョッキをテーブルに置いた。その仕草が妙に色っぽく、思わず見入ってしまう。

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