純情エゴイスト

□彼等の恋愛事情
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「いや別に。ただ…………綺麗な顔してるなぁって」
「それ男に言う言葉じゃないだろ。アンタ、やっぱ変な人だな」
「それに上條さんって色白いし、なーんかいい匂いがするんだよね〜」

向かいに座る上條さんの手を取りながら顔を近付けると、彼はしどろもどろになって頬を紅潮させた。期待通りの反応に気を良くして、両手でしっかりと握りしめれば。

「別にそんなことは……ちょ、もう離して下さい」

恥ずかしいのか俺の手を振り払い再びジョッキを持つと、一気にビールを飲み干した。しかもその飲み干してしまったものは、さっきまで俺が飲んでいたものだ。

「間接キス」
「はい?」
「それ、俺のビールね」
「え……わっ !! す、すみませんっ!」

もういちいち反応が面白いから、つい弄りたくなってしまう。だから煙たがられるんだけど。
幸い今日は隣に番犬がいないので、邪魔が入る心配はない。
野分は今頃忙しなく動き回っているだろう。そのおかげで、こうして俺は上條さんと酒を飲めているのだけれど。

「かわい〜なぁ」
「やめて下さい!」

上條さんはビールでいいかと俺に確認を取ってから、自分のものと一緒に注文した。その後も野分には触れずに、お互いの仕事について話してみたりしたけれど、上條さんの居心地悪そうな顔は変わらない。

「それより野分の……」
「俺そんなこと言いましたっけ?」
「はぁ?アンタ、俺を騙したのか?」
「いやぁ騙すなんてそんな。でも野分なんかの話より、上條さんのこともっと知りたいな〜とか」

にっこり笑ってそう言うと、上條さんの眉間の皺がますます深くなった。

「いいから話してくれ」
「やだなぁ、ちゃんと話すからそんなに怒らないで」

そうは言っても別に何か問題があったわけでもなく、相談なんてのは嘘。どうしようか……内容なんて全く考えていなかった。取り敢えず、現在の野分の話でもしよう。

「野分の奴、かなり重傷なんですよ」
「え?野分に何かあったんですか?」
「最近溜息ばかりで、思い詰めた顔をしているというか」
「アイツ俺には何も……。家では普通だったのに……それで、何に悩んでるんですか?」

上條さんが思い当たらないのも無理はない。原因はそもそも目の前にいる彼であり、俺からしてみればどうだっていい話だ。
それに、裏を返せばただの惚気なのだから、野分の話を真面目に聞いてやるだけ損ってもので。いわゆるリア充爆発しろってやつ。
そんなわけで、面白いからこのまま続けようと思う。

「全然飯も食えてないんですよ。胸が苦しくて食事が喉を通らないって」
「野分の奴、津守さんには話したんですね?」
「まぁ一緒にいる時間が長いからね」

さすがに意地悪が過ぎたか、上條さんには明らかな動揺が見て取れて、瞳が不安げに揺れ始めた。
おまけに、自分だけ話してもらえなかったという事実が、相当なショックを与えたらしい。まだ頼んだばかりのビールジョッキに肘を当て、派手に倒してしまった。
店員をつかまえて、数枚おしぼりを頼む。こぼれたものを綺麗に拭き取って、その間も上條さんは俯いたまま顔を上げなかった。

「そう心配しなくても、大した話じゃないですよ。でもまぁ、たまには充分なエサを与えた方がいいかな」
「……エサ?何の話ですか??ペットなんて飼ってねーし……あっ!まさかアイツ、勝手に拾って……」

検討違いもいいとこだけど、まぁ何とか持ち直したようで安心した。でもさ、エサはアンタだっての。そこんとこ分かってる?

「ん?すみません、電話だ」
「どうぞお構いなく」
「もしもし……あぁ、野分?お疲れさん」

電話の相手は野分だった。今日に限ってすんなり患者をさばけたようだ。もちろん急患が少ないのはいいことなのだが、せっかくのデートを邪魔されるのはちょっと。

「悪い、今外で飲んでるんだ。は?何でそこに秋彦が出てくんだよ、ちげーよ!誰って……」

誰と一緒なのか問い詰められているようだ。俺はテーブルに頬杖を付きながら、電話の向こうの野分に聞こえるよう声を出した。

「野分ぃ、お疲れ〜」
「ちょっとアンタ……野分、良く聞け!たまたまだ、偶然声をかけられただけ。えっと、いつも行く本屋のすぐそばだけど。そんなことよりお前に聞きたいことが…………あ、切りやがった!」

きっと相手が俺だと分かって、血相を変えてすっ飛んで来ることだろう。野分の慌てた顔が容易に想像出来る。

「で、アイツ来るって?」
「多分…………つーか、あの野郎勝手に電話切りやがって!絶対吐かせてやる!」

本当のことを知ったら多分……と言うか絶対に、上条さん赤面して怒ると思うんだけれど。それも面白くていいか。
期待を膨らませ奴の到着を待つも、これまた異常に来るのが早くて笑えた。別に取って食いやしないのに。

背丈のある男が入ってきたのが見えて、柱から顔を出しそちらに向かって手を振った。俺に気が付いた野分は、もの凄い勢いで駆け寄ってきて、息を切らしながら

「何で先輩が一緒なんですか!」

予想通りのセリフを吐く。

「お疲れ、まずは座ったら?話はそれからってことで」

野分は納得のいかない顔をしながら、上條さんの隣に一先ず腰を落ち着けた。

「ちゃんと説明して下さい」
「そう怒んなよ。だからさっき上條さんが言ってただろ?偶然見かけて声をかけたんだって。先輩を信用しろよ」
「先輩だからですよ」

どうも上條さんのこととなると、必要以上に周りを警戒し過ぎる節がある。全ての男をホモにするなと言ってやりたい。
とは言っても、特別男が好きなわけでもない俺が、どういうわけだか興味を惹かれるわけで。

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