頂き物

□なかなか通じないキモチ
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―吉野の部屋に入って目に入ったのは、柳瀬が吉野に抱きついている光景だった。



 羽鳥はその日もいつもと同じように―最早習慣と言っても過言ではない―吉野の家に向かっていた。
 勿論、吉野の食事やら洗濯やらの世話をするためである。
 途中でデパートに寄って食材を買うのも忘れない。

(また漫画でも読んでるんだろうな)

 入稿はデッドながらも終わったし、これまでの経験から言えば十中八九吉野は漫画を読んでだらけていると思う。
 まだ次の締め切りまで余裕があるとは言え、そろそろネームを上げるように言わなければならない。
 吉野の「大丈夫だって!」は当てにすべきではない。そのせいで前回も羽鳥は睡眠時間3時間にさせられたのだから。

(スケジュールから見たら4日、長く見ても6日後までにネームを作らせて原稿に取り掛からないとな……)

 自分の立てたスケジュール通りに吉野がネームや原稿を上げてくれた試しなど今まで無かったけれど、計画も立てずに行動するなんてことは自分の性格上到底できない。

(……そういえば1回だけ、締め切り内に原稿上げてきたことがあったっけ…)

 でもその時はいつもより2週間程早めに取り掛かっていたから間に合っただけの話だ。
 吉野が優等生になる日はきっと来ないだろう。
 なんだかんだ言いながらも、吉野を叱咤するのを楽しんでいる自分がいないわけでもないけれど。

(涙目の吉野は素直で可愛いからな…)

 とは言えこのままでは自分の寿命が縮んでいく気がする。
 今回は絶対締め切りを守らせてみせる。
 そんな意気込みと共に、合鍵を使って玄関の扉を開けると、リビングの方から吉野の笑い声と一緒に柳瀬の声も聞こえてきた。

「………」

 意図せずに眉間に皺が寄る。
 柳瀬は吉野のことを完全にあきらめたと吉野は言っていたけれど、信用していいのか分かったもんじゃない。
 仕事以外で吉野と柳瀬が2人きりでいるのは気に食わない。
 それを怒るくらい恋人の当然の権利だろう。

(柳瀬が帰ってから吉野に軽く説教しよう)

 羽鳥がリビングに入ったら、やっぱり吉野と柳瀬はソファに座って楽しそうに話し込んでいた。
 それから。
 柳瀬が吉野に抱きついた―。

「…………。………柳瀬……何をしている…?」

 突然の事で―驚きすぎて言葉が出なかった。やっとの事で言葉を発した時、口の中はからからになっていた。
 羽鳥の声に気付いたらしい柳瀬がゆっくりとした動作で吉野から離れてこちらを振り返った。

「…なんだ、羽鳥いたんだ」

「えっ!?トリ?」

 小柄な為よく見えないが、柳瀬の影で吉野が何とかこちらを見ようと体を左右に動かしている。

(何故柳瀬が吉野に抱きついている……?)

 ふふん、と言いたげな表情の柳瀬を前に、羽鳥の思考はその疑問でいっぱいになっていた。

「と、トリ!こんな時間にどうしたの?仕事まだあるんじゃないのか?」

「……今日は早めに切り上げてきた。…それより―」

「んじゃ、羽鳥来たんだし俺帰るわ。またな、千秋」

「おう!またな!」

 羽鳥の発言を遮って吉野に別れを告げた柳瀬は、早々に帰り支度を始める。抱きつかれていた吉野は笑顔を返して見送っている。

「おい、待て!柳瀬!!」

「そうだ千秋、次のアシの時もちゃんと連絡しろよ?」

「勿論だよ。分かってるって」

 怒鳴る羽鳥をあっさり無視して柳瀬は帰っていった。
 リビングに吉野と2人きりで残される。

「……トリ、怒ってる?」

「………お前、さっき柳瀬と2人で何してた?」

 大分はっきりしてきた頭で先程見た状況をもう一度思い返す。
 確かに柳瀬は吉野に抱きついていた。

(やっぱり吉野をあきらめてなかったじゃないか…!)

 胃が気持ち悪くなる程苛々する。前に吉野を押し倒していた時も殴り飛ばしたくなったが、今はそれ以上に腹立たしい。
 何よりむかつくのは吉野だ。柳瀬に抱きつかれたのに、何一つ抵抗を見せていなかった。

(俺と付き合っているくせに……!)

「何って、別に何も?」

 あっけらかんとして答える吉野に掴みかかりたくなってしまう。
 なんとかそれだけは自制心を働かせて避ける。

「もういい、帰る」

「はっ?帰るって……」

「飯は自分で作れ。野菜と魚は買って来た」

 手に提げていたビニール袋をテーブルにドンと置いて吉野の家を後にした。
 「待てよ!」という吉野の悲痛な叫びを振り切って。

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