今回の〆切も見事なまでに遅れまくった吉野は、この日も毎度のように力尽きていた。 ソファにぐったりとうなだれながら、今年ももう大分寒くなってきたんだなとアシ達が帰った後の閑散とした部屋で吉野がしみじみと物思いに耽っていると、突然開かれた扉から柳瀬が部屋に入ってきた。 「千秋!」 「え?優?他の先生の所のアシに行くって言ってなかった?」 「土壇場になって、何とか終わらせたって電話で言われたんだよ。だから千秋んトコに来たんだ」 「あぁ…そうなんだ……」 吉野の所が大幅に遅れたことで、その間に向こうは終わらせてしまったということだろう。 それを思うと、吉野が謝るらなければならない相手は羽鳥だけでは済まなさそうな気がする。 申し訳ない気持ちで黙り込んでいると、ふいに柳瀬が顔を覗き込んできた。 「千秋?どうかした?」 「あ、いや!何でもない!」 正直、柳瀬が戻って来たことに驚いている。こんな事は今まで無かった。 妙に近い距離に内心焦っていると、柳瀬がとんでもない事を言い出した。 「千秋、寒いんだけど」 「うーん…空調弱い?ちょっと待ってて、今設定変える…………」 から、と言う前に、立ち上がったはずの腰を捕えられていた。すとん、とソファに座らされてしまう。 何が何だか理解できない吉野が一人でパニックを起こしているうちに、気付けば柳瀬に抱き付かれていた。 「そんなのより、千秋にくっついてた方が早く暖まるだろ」 「ちょっ、ちょっと!優!?」 猫のように目を細めて気持ちよさそうにしている柳瀬を見て、この状況はまずい、と直感的に思った。 (こういう事が前にも二回程あったような………――――) 「おい、よし、の………――――」 「あっ、トリ………!!これは、その……………」 「二度あることは三度ある」とはよく言ったものだ。まさか再び羽鳥にこんなところを見られるとは。 扉を開いた状態で茫然としていた当の羽鳥は、顔を上げた柳瀬と目が合った瞬間、その表情を怒りへと変化させた。 「柳瀬お前っ!吉野の事は諦めたと言ったんじゃなかったのか!?」 「何怒ってんの。こんなのスキンシップのうちだろ。なぁ千秋?」 「え……えぇと…………」 同意を求められ、吉野は完全に困り果ててしまう。頷けば羽鳥を裏切ることになってしまうし、首を振れば柳瀬を見捨てることになってしまう。吉野にはそのどちらもできなかった。 煮え切らない吉野を見てか、羽鳥が怒りを募らせているところへ、柳瀬がさらに追い討ちをかける。 「なぁ千秋、こんなヤキモチ焼きの恋人なんてしんどいだろ?羽鳥なんてやめちゃえば?」 「……っの!柳瀬っ!!」 「ちょっと待った、トリっ!暴力は駄目だって!」 急いで羽鳥を押さえ込むと、柳瀬はしらけたように部屋を出て行く。 「千秋はいつまで経っても羽鳥ばっかりなんだな」 「なっ何言ってんだよ優!!」 「柳瀬っ!まだ話が………!」 「トリっ!それはいいから!」 柳瀬がパタンと扉を閉めると、ようやく羽鳥も大人しくなった。 「……吉野、何でお前はあいつに体を触らせるんだ。言っただろう、特に気を付けろって!」 「違うんだよ!……多分…。優はただじゃれるつもりで…―――」 「お前もそう思ってたのか?あの時」 羽鳥は先程のように怒鳴ったりせず、真っ直ぐに吉野を見た。だが、羽鳥の瞳に静かな炎が揺らめいているのが、吉野にもはっきりと分かった。 「違う……。だから、冗談は止めろって優に言おうとしてたんだよ…!」 「それは、本当か?」 「本当だよ!」 かなりムキになって吉野が叫ぶと、羽鳥は目を見開いた後、すぐに口元を綻ばせた。 (え………俺はまた何か余計な事を言っちゃったのか…………?) 顔が熱くなっていくのが自分でもはっきりと分かったが、失言に焦っているのか、はたまた羽鳥の笑みにドキドキしているのか、分からなくなってきた。 「…………な、何だよ!」 「いいや?何でもない」 こんな時に言ってしまう照れ隠しが今回も口をついて出た。 ただ、言われた羽鳥が“それ”が照れ隠しだと十分理解しているのだから、こちらの分が悪いことには何も変わりないのだが。 口元を隠して笑みを止められずにいる羽鳥を目の当たりにすると、いたたまれなさが更に募る。 「何が言いたいんだよ!バカ!!」 「いや…何となく、嬉しいなと思ったから」 羽鳥の目はこんな時には特に雄弁になる。いじらしい幼子でも見るような目で、けれどそれとは何か異なっていて。 「〜〜〜っ!もういい!お前も帰れ!」 「いや、帰らん。お前だってその気なんだろう?」 「はぁ?何言って………んっ!」 ニヤニヤしてばかりいる羽鳥を罵倒してやりたかったが、口付けられて、それ以上何も言えなかった。 (……何か、優が絡むと大体こんな展開になってる気がする……………) 諦めて体の力を抜きながら、ぼんやりとそんな事を思った吉野だった。 →あとがき(1) |