お題小説

□そっと耳打ち
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今日もいつものようにキッチンに立つトリの姿をぼんやりと眺めながら、ふと思う。
俺ってトリのどこが好きなんだろ?考えてみれば物心つく前からずっと一緒で、トリが隣にいることが今となっては当たり前になっている。

「吉野、これ運んで」
「えっ?あ、はいはい」

急に声をかけられ、慌てて返事をした。

────ずっとお前が好きだった。

だなんて言われた時は、今更何言ってんだ?と、いまいちその「好き」の意味が分からなかったけれど、あんな風に熱っぽい声で何度も何度も言われたら、こちらも変に意識してしまうわけで。
一応、幼馴染みではなくて、作家と担当編集としてでもなくて、いわゆる「恋人」として付き合うようになって一年も経つと言うのに、いまだにトリとの甘い空気は恥ずかしい。

「何?俺の顔に何かついてるか?」

そう問いかけられ、自分がずっとトリの動きをを目で追ってしまっていることに気が付いた。

「な、何でもねぇーよ。それより腹減ったー」
「もうすぐ出来るから待ってろ」

トリは笑いながらそう答えると、手際よく作業を進める。
何かさ、トリって欠点とかないのかな。真面目で仕事が出来て、家事も完璧にこなして、背が高くて格好いいし……俺と正反対なんだけど。
普通だったら女の子がほっとかない筈なのに、トリは「オトコ」である俺が好きってことで、いいんだよな?
もちろんトリのことは大好きだけど、ふとした言葉や仕草が……そう、今まで気にならなかったことが急に気になってしまって。
一度気になりだしたら止まらなくなってしまう。ドキドキしてしまって、どれだけトリのこと意識してるかってことを嫌でも思い知らされてしまうのだ。
自分が女だったら、もっと自然な形で付き合えるのにと考えたことだってある。
料理がテーブルに並べられ、向かい合って食べていると、トリと目が合ってしまった。咄嗟に目を逸らしてみたけれど、自分でも顔が紅潮しているのがよく分かる。

「大丈夫か?お前、顔赤いぞ。」

そう言って額に当てられたトリの手に、ピクリと身体が反応してしまった。
だから、お前のせいだってば。大きくて温かいその手は俺の心拍数を簡単に上げてしまうんだよ。
昔はこんなのどうってこと無かったのに、最近は何でだろ、いちいち過剰反応してしまって心臓に悪い。それに……。
自分ばかりがドキドキが止まらないとか、そんなのズルイ!

「ね、熱なんてないから」
「それならいいが、体調悪いなら言えよ?」
「わかった。俺先に風呂入ってくる!」

このままトリを見てたらどうにかなってしまいそうで、急いで残りのおかずを平らげると、取り敢えず落ち着こうと風呂場へ緊急避難することにした。

うん、やっぱりトリのこと、凄く好きなんだと思う。考えれば考えるほど心拍数が上がって、完全に乙女モード全開になっている自分がどうにも恥ずかしすぎる。
落ち着かせる筈が、余計に頭の中がトリでぐるぐるして、胸が苦しい。
そっか。
トリは長い間、ずっとこんな気持ちを胸に抱えていたんだ。なのに自分はちゃんと気持ちを伝えたことがあるだろうか?曖昧な言葉で誤魔化してきたかもしれない。

部屋に戻ると、食器は全て綺麗に片付けられていた。
忙しい仕事終わりにうちに来て、食事用意をした後、その他の家事までする。疲れて当然だ。トリは珍しくソファーで横になっていた。
こんな風に無防備な姿を見せることは限りなくゼロに近い。だから、少し嬉しく思えてしまって、それと同時に変なドキドキ感。
そんなことも手伝ってか、普段の自分では考えられないある衝動に駆られてしまう。

「まだ起きんなよ?」

小さく呟きながら寝ているトリの唇に、そっと自分の唇を重ねた。
まだ目を閉じたままのトリにホッと胸を撫で下ろしながら、そろりとその場を離れようとした瞬間。

「まさかお前に寝込みを襲われるとはな」
「やっ、おまっ……起きてたのかよ!」
「しょうがないだろ?お前がまだ起きるなって言うから、目を開けられなくなったんじゃないか」

恥ずかし過ぎる!!顔から火が出るとはこのことだ。もうどうしていいか分からず思考回路はショート寸前。
トリは体を起こし、俺の腕を引っ張るからそのまま膝の上に座らされるような形になってしまった。

「一体どうしたんだ?俺は嬉しいけど」
「べ……つに」

想いを言葉にして伝える、というのは必要なのかもしれない。でも、トリの顔を見て伝えるのはまだちょっぴり照れ臭いから、少しだけ遠回り。
俺は顔を近付けて



トリが好きだから────。

トリは一瞬驚いた顔をしたけど、嬉しそうに微笑んだ。

「千秋、もう一度して?」

額をコツリと合わせ両手で顔を覆われたりなんかしたら、もう逃げ場なんてどこにもなくて、覆われているのは顔だけのはずなのに。身体中が熱い。
その顔も、手も、低く甘い声も全部好き。
あぁ、もうどうにでもなれ!

「今日は特別、出血大サービスだからなっ!」

さっきのより少し長めのキス。
恥ずかしいけど、トリが好きだって言うのは本当のことだから。


END.

→あとがき。

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