「今日雨降るなんて天気予報で言ってたっけ?もう最悪ービチャビチャだし!」 「さあな。まぁいいじゃん、家近くて助かった」 買い物に行きたいと言う千秋に付き合い出掛けたのはいいけれど、目当ての物を手に入れ店から外に出る頃には、さっきまで晴れていた筈なのに外は暗く強い雨が降っていた。比較的店から近かった俺の家に走って帰ったものの、既に二人ともずぶ濡れだ。玄関には二人の服から滴り落ちる雫で小さな水溜まりが出来始めていた。 「今タオル持ってくるからそこで待ってろよ」 「うん。優、あと何でもいいから服貸して」 「わかった」 俺の差し出したタオルで濡れた身体を拭きながら、千秋が部屋に入ってくる。全身濡れてしまったせいでシャツがピタッと張り付き、華奢な身体のラインがハッキリと浮かび上がっていた。 これではまるで生殺し。今の千秋の姿は明らかに目の毒で、胸がギュッと締め付けられてしまう。そんな俺の心情を知ってか知らずか、目の前でシャツを脱ぎ始めるこいつは、随分と酷なことをしてくれる。 無意識とは何て罪深いんだろう。 おい千秋、わかってんのか?俺が告白したこと忘れたわけじゃねーよな? 「風邪ひくからそのまま風呂入ってこいよ」 「さんきゅ、服とタオル借りるな」 そんな千秋の後ろ姿を見ながら、俺は思わず溜め息を漏らしていた。 告白してから数ヶ月、押し倒してキスをしたまではいいが、千秋には強く拒まれ羽鳥まで乱入してくる始末。結果は散々だった。それでもこうして今までと変わらず、親友として傍に置いくれている千秋には感謝している。 トリじゃないとダメみたいなんだ、と言った時の千秋の表情は今でも忘れられないでいた。 あの時の反応で、羽鳥との関係にも気付いてしまった。 千秋とは中学からの付き合いで、昔から必ず傍には羽鳥がくっついていた。 本人はポーカーフェイスで必死に隠していたつもりかもしれないが、千秋に向ける目を見ていればどんな想いを抱えているかなんてすぐにわかった。あの頃からずっと、羽鳥とは反りが合わない。 何で羽鳥なんだよ、ただの幼馴染みだろ?絶対に俺の方が理解してやれるのに。 でも、結局。 周りでどう足掻こうと選ぶのは千秋本人なのだ。あいつが羽鳥がいいと言うのならば、俺は……大人しく身を引くしかない。 だからと言って千秋への想いをそう簡単に消すことも出来ず、どうにもならない想いに苛立ちだけが増していく。 どうやら千秋が風呂から出たようだ。 「早く髪乾かせよ?風邪ひいても知らねーぞ」 「わかってるー」 千秋からはシャンプーとボディーソープの香りがほのかに漂い、濡れた髪だとか、妙に色っぽく見えてしまって自分の鼓動が少し速くなったのに気付く。 胸の高鳴りを何とかやり過ごそうとするけど、意識すればする程逆効果。 クソッ……どうすりゃいいんだよ。 「優の服ピッタリ〜。たまにトリにも服借りるけど、あいつのでけーんだよな」 「千秋がチビなだけだろ?」 優だって俺とたいして変わらねぇーじゃん、と言いながら頬を膨らませる千秋は可愛いかったが、そこで羽鳥の話は余りにも無神経すぎるんじゃねーの? 無自覚で無神経で。そんなとこも全部ひっくるめて千秋が大好きだけど、でも……さすがに今のはムカつく。 羽鳥もこんな奴の隣に29年間も一緒にいるなど、とんでもないドM野郎だ。まぁ俺も人のこと言えないか。同情はするが、お前はまだいい。時間がかかったとはいえ幼馴染みから恋人へ、長年の想い人であった千秋を手に入れることが出来たのだから。 「ふぁっ……風呂入ったら……何か、眠くなってきちゃった」 「千秋、ここで寝るなよ」 畳の上に寝転がり、最近まともに寝てない、と呟く千秋が規則的な寝息をたてるまで、そう長くはかからなかった。 おいコラ、襲うぞ? そんな安心しきった顔で寝るな!お前は友達だから、と念を押されているようで心がチクリと痛む。果たして千秋がそこまで考えているかどうかは怪しいが。ま、考えてないんだろうけど。 無防備にも程がある 自分はつくづく損な役回りだと思う。それでも、千秋を哀しませるようなことはしたくなくて。 お前は今、幸せ? ふと、ある日の光景が甦る。 千秋のとこで仕事を終え次の仕事に向かおうと急いで外に出ると、忘れ物に気がついた俺は慌てて中に戻った。部屋のドアの隙間から羽鳥と千秋の姿が見え、二人は何度もキスを交わしている。羽鳥の首に細い腕を絡ませ、熱っぽく息を紡ぐその表情がとても艶かしくて、ドキリとしたんだ。 俺の知らない千秋の顔……。 幸せなんだろうな、そうでなきゃ俺が報われなさすぎるだろーが。 ただ、羽鳥が千秋を泣かせるようなことをしたら絶対に許さない。 お前が悪いんだからな?これぐらい許されてもいい筈だ。スヤスヤと眠っている千秋の頬にそっと指で触れ、首筋にキスを落とす。そこにはうっすらと、赤い痕が付いた。 →おまけのトリチア。 |