風邪でも引いたのか朝から身体がダルくて、頭もグルグルしていた。だからと言って今日は休むわけにはいかない。大事な会議、自分の担当している作品の部決会議があるのだ。 正直この体調だとあの会議はキツイ。一度高野さんに連れられて出たことがあるけれど、まさに戦場、あの空間に果たして今の俺が耐えられるだろうか?考えただけでもおぞましい。 「律っちゃんおっはよー」 「おはようございます」 「あれぇ?元気ないね、どしたの?」 「ただの寝不足ですよ、たいしたことないですから」 案の定会議は散々な結果に終わり、身も心もボロボロな状態。構想を練っていたにも関わらず、考えていたことの半分も言えなかった気がする。体調のせいにするのはどうかと思うけれど、頭が丸っきり働かなかったのだ。 本当に高野さんがいてくれて助かった。彼のフォローは完璧で、今日ばかりは全く頭が上がらない。 その後も体調は悪くなるばかりで、でも周りに迷惑をかけるわけにはいかず、何とか業務をこなし続けたのはいいけれど……。 あぁ、ダメだ……頭が痛い。 薬を飲めば少しは楽になるだろうと思い、デスクの引き出しから市販薬を取り出して、俺は少しフラつきながらも給湯室へと向かった。 錠剤を口に含み水で流し込んだあと、目を閉じて壁に寄り掛かる。自身の体温が高いのか壁が冷たすぎるのか、背中がひんやりとして気持ち良い。 どのくらいそうしていただろうか。時間にしたら然程長くないと思うけれど、不意に誰かに肩を掴まれ重い瞼を上げてみる。 「小野寺」 「た、高野さんっ!すみません、すぐ戻りますから」 「そうじゃなくて。お前、いつまで居るつもりなんだ」 「え?」 「朝からずっと調子悪かったんだろ?」 そう言って高野さんは俺の額に手を当ててきた。気付かれないように振る舞っていたつもりなのに、彼には見抜かれていたようだ。 「あつっ!こんなになるまで何やってんだ、早く帰れ」 「俺なら大丈夫ですから。それより企画書まだなんで、戻ります」 「バカ野郎!そうゆうのは周りに迷惑だ」 「本当に平気ですからっ」 手を振り払って急いで給湯室から出て行こうとすると、急に視界がグラリと揺れて身体が崩れ落ちた。 「小野寺大丈夫か?おい、律 !!」 遠退く意識の中で高野さんの声を微かに聞きながら、俺の記憶はそこでプツリと途切れてしまった。 目を覚ますとそこはベッドの上で、朝家を出た時とは違う服を着ていることに気付く。 ここ……どこだ?一瞬自分の部屋のようにも感じたけれど違和感があって、よく見ればキチンと整頓されていることから、高野さんの部屋なのだとわかった。 「やっと起きたか」 「高…野さん、俺……」 「お前会社でぶっ倒れたんだよ。全く、無茶しやがって。そのまま病院連れてって、点滴打ってもらったから少しは楽になるだろ。あと、汗をかいてたから俺の服に着替えさせといた」 「色々とすみません……て、えっ?何勝手に脱がせてるんですかっ!」 と言うことは、まさかっ! ダボダボのスエットの中を確認すれば、パンツだけはそのままで安心した。 その様子を見ていた高野さんが、 「照れてんの?今更だろーが」 なんて言ってくるから羞恥心で一杯になってしまって。 「ありがとう……ございます。でも高野さん、俺が体調悪いこと何でわかったんですか?」 「わからない訳ないだろ?いつもお前を見てるから」 「お前を見てる」当たり前だとばかりに言い放たれて、熱で体温が高いのに更に顔が火照ってしまう。 目を合わせられないでいると、高野さんは俺の頭をクシャクシャと掻き混ぜながら優しく微笑んだ。 「何か食べれそうか?」 「食欲ないです」 「だよなぁ、でも何か口にしろ。治るもんも治らねーぞ。ちょっと待ってろ」 部屋に一人残され、軽く目を閉じて待つ。病院に連れて行ってくれたおかげで、身体は幾分楽になった気がする。 それにしても会社で倒れるなんて、自己管理がなってないにも程がある。結局周りにも迷惑をかけてしまった。 高野さんにだって……。 「これなら食べれるだろ、リンゴすりおろしてきた。身体起こせるか?」 「それなら食べれるかも…」 「食べさせてやろうか?」 「じ、自分で食べれますからっ!」 遠慮するなとベッドに腰かけた高野さんは、スプーンでリンゴを掬いあげる。 てっきり、いわゆる「あーん」をされるのだと思いスプーンを眺めていると、何故かそれは高野さん自身の口へと運ばれた。そのまま頬に手を添えられてキスをされた。 「んんっ……」 舌で歯列を割られ、その瞬間リンゴが口内に流れ込んできた。ハチミツが入っているのか、ほんのりとした甘さが口一杯に広がる。 一瞬何が起こったのかわからず頭がボーッとしてしまったけれど、口移しされたのだと気が付き咄嗟に身体を離した。 「ちょっ!風邪移ったらどうするんですか!」 なのに高野さんはしれっと切り返してくる。 「お前が看病してくれんなら移ってもいいかな」 再び重ねられた唇は先程とは違いすぐに離れることはなくて、それどころか舌を吸い上げられどんどん深くなっていく。 拒むことが出来なかったのは、きっと熱があるせいだ。絶対そうに決まってる! そう自分に言い聞かせることで、速まる鼓動を何とか落ち着かせようとしたけれど、なかなか上手くはいかなかった。 |