お題小説

□それは反則
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かれこれ一時間、紙に文字を書いては消しての繰り返し、全くと言っていいほど頭の中は空っぽだった。

「吉野、少しは進んだのか?」
「あ〜ダメだ、な〜んにも思い浮かばない」

握っていたシャープペンを転がすと、クッションを抱き締めながらソファーに身を投げた。
このプロットが出来なければ、何一つ進まない。どうにもならずに、トリに助けを求めてこうして来てもらったのはいいけれど……。
はっきり言って逆効果だった。
言い訳するわけじゃないけど、トリのことが気になってしまって、仕事が捗るどころか少しも進まない。

「お前が相談したいと言うから、仕事を切り上げて来たんだぞ」
「そんなの分かってるよ!」
「いつ終わるんだ?」
「も〜、そうやって追い詰めんな。トリが横で煩いから、出てくるもんも出てこないんだよ、集中出来ない」
「はぁ?」

しまった、八つ当たりもいいとこだ。そう思って慌てて弁解しようにも、すでにトリの眉間には深い皺が刻まれていた。

「邪魔したな」

冷ややかな声でそう言うと、呼び止める俺の声に振り返ることなく、出て行ってしまった。
あぁもうっ…何でこうなるんだよ!喧嘩するつもりなんてなかったのに。でも集中出来ない…と言うのは本当で、決して嘘ではない。
最近のトリは、他の担当作家さんの新しい連載に向けて、いろんな資料集めや調べものとかで、忙しそうにしている。だからと言って、俺のことを放置しているわけではなくて。顔こそ見せないが、ちゃんと連絡はしてくれていた。
ただトリは、自分のすべき仕事を全うしてるだけ。そう、とても勤勉に。

もちろん抱えている担当が、俺だけじゃないのは百も承知だ。でも、でも、でも!作家と担当である前に恋人なわけで、その恋人に、寂しい思いをさせるのはどうなんだって話。

「あーあ、トリのご飯……食べ損ねた」

そんなことを呟いても虚しくなるばかりで、寂しさが一層増しただけだった。
たった一言「寂しい」と言えば、きっとトリは寝る間を惜しんででも、時間を割いてくれるだろう。
だけどそれを言わなかったのは、俺がこんな状態なのに対して、トリが余りにも平然としていて悔しかったから。

「トリのバカ……」

どう考えてもあの言い方はまずかった、と一度は携帯を手にしたけれど、結局番号を表示させただけで発信はしなかった。単なる意地かもしれない。
取り敢えず、まずはこれを終らせなければ。俺は再びシャープペンを手に取り、ローテーブルの前に座り直した。

数日後、自然とトリのマンションへと出向いていた。きっと今俺は、顰めっ面をしているに違いない。だけどこうでもしていないと、トリの顔を見た瞬間、涙腺が簡単に緩んでしまう気がした。
それだけは嫌だ。気持ちを落ち着かせたくて、ドアの前で深呼吸をしてからインターフォンを押す。
やっぱり怒っているのか、一度では出てこない。二、三度押してしばらくしたところで、ようやく鍵の開く音が聞こえた。

「お前何やってんだ」
「遅いっ」

歓迎されていないのはトリの表情を見れば分かる。目を合わせないまま勝手に中に上がり込んで、どかりとソファーに腰を下ろした。
ここまで来たのはいいけれど、会ってからのことは全く考えていなかった。何しに来たのか、何をしたいのか……自分でもよく分からない。
俺はどうしたいんだろう。

「何しに来た?」
「何しにって……」
「こんなことしている暇なんてないだろ、やるべきことをやれ。俺がいたら邪魔だと言ったのはお前の方だぞ」
「邪魔だなんて、そんな言い方してない」

あぁ……言ったようなものか、追い出したのは俺だ。でもそれには、ちゃんとした理由があるわけで。

「しょうがないじゃん……トリが近くにいると、気になりすぎて仕事に身が入らない。でも近くにいないと……もっと気になる」

あぁーもう何言ってんだ俺。いてもいなくても気になるとか、頭の中がトリでいっぱいってことだ。

「ずいぶん勝手だな」
「だいたい、ぜーんぶお前が悪いんだからなっ!長いこと俺をほっとくから」
「千秋………それはすまないと思っている。だから連絡はちゃんと入れていたつもりなんだが」
「それは担当編集としてだろ。トリは俺の恋人……じゃないの?」

い、言ってしまった……。恥ずかしくて、顔に熱が帯びているのが自分でもよく分かる。もうどうにでもなれと、ギュッと目を閉じて反応を待ったけれど、何の言葉も返ってこない。
バカトリ、何とか言えよ!
そう思った瞬間、俺の身体はトリの胸に引き寄せられていた。

「悪かった……」
「や、ごめ……ただの我儘……だし」
「嬉しいよ。寧ろ、もっと言って欲しい」
「ば、バカだろお前っ」
「千秋だから」

俺……だから?
トリの顔を見上げたら、不意を突かれて唇が重なり合った。心臓の音が煩く鳴り響く。ただキスをされただけなのに。
千秋だから……────トリ、それって反則だよ。一人で勝手に拗ねていたのがバカみたいで、俺はトリの身体を強く抱き締めた。





END.

→あとがき。

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