「ちょっと待った!」 「何だ?」 勘違いでなければ、トリが急に顔を寄せてきてキスされそうになった……と思うんだけど。 時刻は夜の10時半を回ったところ、いつものように食事を作りに来てくれて、それを食べ終わり今は、連載作品の今後の展開について相談をしていた。 それがどうしてこうなったのか。 確かに目は合ったけれど、でもそれは、物凄く見られている気がして俺が顔をあげたからだ。 「は?それはこっちのセリフだって、つーか今、そんな流れじゃなかっただろ?」 近すぎるトリの胸を突き返し、身体を離したらあからさまに得心のいかない顔をされた。 「……何だよその顔はっ。俺、変なこと言ったかよ。だいたい、ムードってもんがあるだろっ!そんないきなりエロい気分になれるかっての、簡単に頭切り替わんねぇよ」 「フッ…まさかお前に言われるとはな」 「どういう意味だよ」 「そのまんまの意味だよ。わかった。要するに、お前をその気にさせればいいんだな?仕事は終わりだ。まだエピソードが弱いが、大まかな流れはそれでいいと思う。資料を集めておくから、また後日詰めていこう」 その気にさせればって、何言ってんだコイツ。一方的に仕事は打ち切られて、思ってもみなかった言葉に内心焦りまくる。 でも俺を見る目は冗談の類いではなく、いつも惑わされてしまうあの目をしていた。 俺を抱こうとする時のあの感じ、捕食者のそれ。 これを向けられたら逃げられる気がしないのに、無駄に抗うのはどうなんだろう。分かっているのに、往生際が悪いのが俺なんだから仕方ない。 「さっきのなし、ごめ……冗談」 このあとの展開を考えれば自己防衛とでも言うべきか、条件反射的に背を向けた。けれど、毎度のことながらそれが成功することはなく、今回も例外ではないらしい。 あっさり腕を掴まれ、引き戻されて。 「逃げるな」 「に、逃げてねーし。何か飲み物……」 「あとでいい」 トリは俺の言葉を遮り引き寄せると、ソファーに座らせて自分も隣に腰を落とした。 ヤバイ、凄く緊張する、あんなこと言うんじゃなかった! 俺とは対照的に、涼しい顔をしたトリが恨めしい。 ドクドクと早鐘を打つ鼓動を何とかしたくて、この状況にそぐわないことをあれこれと想像してみる。が、それも長くは続かなかった。 「千秋」 「はいィ」 「そんなに警戒されると傷付くんだけど」 緊張のあまり声が裏返ってしまった。 そんなこと思ってもいないくせに……。その証拠にトリの口許は弧をえがき、笑みを称えている。 ジッと見つめられながら名前を呼ばれたら、誰だってドキリとするに決まっているだろ。 惚れた欲目を差し引いても、いい男には違いないし、何気にこいつは昔からモテる。 トリの指が頬に触れそうになり、咄嗟に瞼を閉じた。頬をひと撫でされたあと、顔を両手で覆われたのが分かる。大きな手が少しずれて、耳を塞がれた。 何をされるのか不安もあるけれど、それ以上に緊張がピークに達し、更に心拍数が上がる。 「肩の力を抜け」 「近いってば」 「今からお前をその気にさせなきゃならないんだから、当然だろ」 「そう……だけど……」 コツリと額をくっつけながらそう言われて、力を抜いた瞬間、柔らかなものが唇に押し当てられた。 他に気を取られていたせいか、あっと言う間に歯列を舌で割られて、口腔を蹂躙される。 角度を変えながら幾度となく繰り返されるキスに、俺はただ成すがままで。おまけにトリは、わざと音をたてながら吸い付いてくるからタチが悪い。 耳を塞がれているせいで、卑猥な水音がダイレクトに脳内へと響き渡った。 |