やっと仕事が終わった。 今日は帰ったら、ずっと手つかずになっていた宇佐美先生の新刊を読むつもりだ。本屋で他の新刊もチェックしておこうか? そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。 「小野寺、帰るぞ」 「本屋に寄るんで先に帰って下さい」 「却下!」 何だと?俺にも予定ってもんがあるんだ。わざわざ一緒に帰らなくても帰る場所一緒なのに……。ただのお隣さんだけれど。 「は?勝手に決めないで下さい!」 「いいから早く!」 結局この日、本屋に行くことは叶わなかった。まぁいい。でも高野さんの部屋に連れ込まれるのだけは、何とか避けたい。何で部屋が隣なんだ! 「お疲れ様でした、お休みなさい」 急いで鍵を開け、さっさと部屋に入る……筈だった。 あろうことか、高野さんは閉めようとしたドアに足を挟んできた。 「何やってんですか?」 「厚着してこい、出掛けるぞ」 一応抵抗してみたものの、今俺は高野さんの車の助手席に座っている。 いつものことだが、この人は何でこうも強引なのだ。人の意見なんて聞きやしない。 「で、こんな時間に何処に行くんですか?」 「内緒」 先程からいくら聞いても、行き先を教えて貰えない。人を拉致しといて、内緒ってどういうことだ? ただ1つ分かっていること。それは、どんどん都心から離れているってことだけだった。 どれぐらい時間がたっただろうか。いつの間にか寝てしまっていて、時計を見ると日付が変わっていた。 「すみません、俺寝ちゃって……」 「いいよ、もうすぐ着くから」 辺りを見回すと賑やかなネオンは一切無く、街灯が疎らにあるだけで随分と寂しげな所だった。 高野さんは俺をこんな所まで連れて来て、何をしようとしているんだろうか。いくら考えても、さっぱり分からない。 更に15分程走ると、車が止まった。 「ほら、行くぞ?」 「えっ?外に出るんですか?!」 外に出たものの、特にこれといって何もない。近くに林があるだけだ。 「寒っ!高野さん、風邪ひきますって」 「だから厚着してきたんだろ?」 高野さんは俺の手を握り、どんどん暗がりへと歩いて行った。寒かったけれど、絡めた指だけが温かくて……俺はその手を振り払うことが出来なかったんだ。 「あの、何も見えないんですけど」 「懐中電灯持って来たから大丈夫。足元気を付けろよ」 何だ?何があるんだ? 途中少し狭くなった所を通ると、急に開けた場所に出た。 「ここ」 「えっ?」 「う、え」 高野さんに上を見るように指示され見上げてみると、夜空には無数の星が散りばめられていた。 「綺麗……」 「だろ?お前と一緒にどうしても見たくてさ」 星を眺めるだなんて、いつぶりだろう。普段時間に追われていて、夜空を気にするような余裕なんて無い。 たまにはこういう気分に浸るのもいいかもしれない。 腰を下ろすと、2人で再び星を眺めた。そして暫しの沈黙。 先に沈黙を破ったのは高野さんの方だった。不意に名前を呼ばれる。 「律……」 「何ですか?」 星に気を取られていたせいか、完全に無防備だった。顔を向けた瞬間、唇が重ねられていた。そのまま舌を絡め取られてしまったけれど、全く反応出来ない。寒さでその舌が酷く熱く感じられた。 「ん……」 「今日は抵抗しないのな」 「べ、別にっ……寒くて体が思うように動かないだけです、から」 何でだろう、寒いのは本当のことだけれど。この綺麗な星空に惑わされてるだけなんだ、きっと。 「今日見れるといいんだけどな」 「まだ何かあるんですか?」 高野さんは何のことを言っているのか、意味が分からず視線を上に戻してみた。 「「あっ !!」」 声を上げたのはほぼ同時だった。明るい光の筋が、立て続けに流れるのが見える。ほらまた! 暫く2人並んで寝そべって、その光を眺め続けた。 「獅子座流星群。これをお前に見せたかったんだ」 「うわぁ……初めて見ました!こんなにハッキリ見えるんですね」 放射状の光はとても神秘的で、もう既に何個か見れた。 「10年前はもっとすごい量が降り注いだんだ」 「高野さん見たんですか?」 「あぁ。凄く綺麗でさ、今年は週末と重なったし、律と2人きりで見たかった。まぁ今回は数がかなり少ないけどな」 それでわざわざこんな所まで?2人きりでって……確かにここには誰も居ない。 人が来ないポイントを探してくれた? そう思ったら胸が締め付けられて、ドクドクと鼓動が速まる。 「連れて来てくれてありがとうございます!」 「どういたしまして」 高野さんがあまりにも優しく微笑むから、恥ずかしさでなかなか視線を合わせることが出来ない。 ────俺はやっぱり、あなたが好きです。 素直に認めるのは悔しいから、口に出してあげないけれど。 ────ありがとう。 END. |