世界一初恋

□それだけで幸せ
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今日は朝から、いやに身体の倦怠感が酷い。昨日雨に濡れたのが良くなかったのか。日頃の不規則な生活が祟り、体力も落ちていたのだと思い知る。
だからと言って仕事を休むわけにはいかない。やることが山積みだ。4時からは吉野とアニメ化の打ち合わせをすることになっていた。

「高野さん、吉川千春と打ち合わせしてきます」
「おう、行ってらっしゃい。そのまま直帰していいから」

高野はこちらを向くこともなく、手をヒラヒラさせながら答えた。

「そうさせて頂きます」

普段から吉野には規則正しいとまでは言わないが、食事を含めもっとまともな生活をしろ、と注意している。
これでは人のことを言えたものではない。

「はぁ……」

大きく溜め息をつくと、吉野のマンションへと向かった。
資料を広げ一通りの流れを説明する。聞いているのか聞いていないのか、曖昧な返事しか返ってこない。この反応の薄さにはさすがに苛つく。

「いいよそれで」
「お前なぁ、自分の作品だろ?少しは関心を持て」
「だってめんどくさいんだもん、好きにしてくれていいし」

自分の作品なのに、この関心の無さはどうなんだ?もっと拘りがあっても良いのではないか。

「あのなぁ……そんなんでどうする、ちょっとこの髪の色見ておいてくれ」

吉野に資料を手渡し、パソコンを開いた。メールをチェックする。
駄目だ……目蓋も重い。打ち合わせをしに来たはずなのに、思うように進めることが出来ない。日を改めようか?

「トリ?おい、トリってば!」

名前を呼ばれ顔を上げると、すぐ傍に吉野の顔があった。心配そうに覗き込んでくる大きな瞳。そんな顔するなよ。
大丈夫、少し寝不足で疲れているだけ。でもおかしい、何となく体も熱く感じる。

「あぁ、すまない。気になる箇所でもあったか?」
「トリどうしたんだよ、顔赤いぞ?何か辛そうだし」

吉野は俺の横に座ると、額に手を当て自分の体温と比較し始めた。
触れてきた手が冷たくて気持ちがいい。思わず目を閉じた。手が冷たいのか、自分の体温が高いのか。もうよくわからない。

「あつっ!熱あるじゃん!」
「これぐらい平気だ。カラーサンプル置いてくから、これだけ決めておいてくれ」

俺は吉野の手を引き剥がすと、パソコンの電源を落とし鞄にしまった。そのまま部屋を出ようとすると腕を掴まれる。

「おい、どこ行くんだよ」
「悪い、日を改めよう。今日は帰る」
「アホか、そんな身体で無理に決まってんだろ!今日は会社には戻らないんだろう?泊まってけよ」
「俺のことはいいから。仕事をしてくれ」

心配してくれるのは嬉しいが、吉野に迷惑かけるようなことはしたくない。風邪ならば、それこそ近くにいない方がいいだろう。あれこれ考えていると、吉野が詰め寄ってきた。

「おいコラ!俺だってお前の身体が心配なんだよ!たまには言うことを聞けって」

グイッとネクタイを掴まれ引き寄せられたかと思うと、啖呵を切られた。
まさかコイツに説教されるとはな……少々面食らう。

「わかったよ」
「明日休みなんだからゆっくり寝てればいーじゃん」

身体がキツイのは確かだ。今回は大人しく言うことを聞いておこうか。

「そうと決まったら、ほらスーツ脱げよ。この前置いてった服もあるし」

吉野が勢いよくジャケットを剥ぎ取る。そしてネクタイを引き抜いて、シャツのボタンを順番に外してきた。

「お前が着替えさせてくれるのか?」

吉野の動きがピタリと止まる。

「あっ、その、違っ……ア、アホかっ、自分で着替えろよっバカトリッ!子供じゃあるまいし!」

引き抜いたネクタイを俺に投げつけながら、顔を真っ赤にして離れていった。
照れ隠しなのはわかるが、無自覚は罪だといつも言っているだろ?普段ならば、このまま押し倒しているところだ。

「何ニヤニヤしてんだよ。は、早く寝ろってば!」
「はいはい、わかってるよ」

どうしようもない奴だな。
そこがまた可愛すぎて、たまらなく大好きなんだけれど。お前は気付いてないんだろうな。

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