世界一初恋

□sweet valentine
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バレンタインと言うと、女が男にチョコを渡し「愛を告白」とか、恋人同士(普通で言うなら男女)が愛を確かめ合ったりだとか、一般的にはそんな日だと思う。これが男同士だった場合はどうなのだろうか?
まぁ最近じゃ、友チョコだとか自分チョコだとか、逆チョコなんてのも普通なわけで。男がチョコを用意するのは可笑しなことではない筈だ。
取り敢えず。お菓子売り場はどこもかしこも、店の巧みな陰謀にまんまと乗せられた女子達で溢れかえっていた。
甘い物に目がない恋人を持つ俺としても、どんなチョコをあげようかと考えなかったわけではない。

しかし……な。
手にした大きな紙袋一杯のチョコを見ながら溜め息をつく。吉川千春宛に編集部に届いたファンからのチョコだ。どれもカラフルなラッピングとリボンが施されていた。更にチョコをあげると言うのもなぁ…いくらチョコ好きだとは言え、さすがに多すぎるか?
結局チョコをあげるべきかどうするべきか考えているうちに、2月14日を迎えてしまったという訳だ。
その前に、今日が何の日か吉野が認識しているのかどうか。作業に没頭している間は殆ど曜日感覚くが無くなってしまうような奴のことだ、
もしかしたら忘れている可能性だってあるのだ。

いつものように合鍵を使って中に入り、リビングに向かうと、吉野はソファーに寝転がり本を読んでいたが、
俺に気付くなり勢いよく飛び起きこちらに駆け寄ってきた。

「トリー、お前が来るの待ってたんだ。何?その紙袋」
「吉川千春宛に届いたファンからのチョコだ」

俺は手に持っていた紙袋を吉野に手渡すが、少し様子がいつもと違う。
甘い物が好きな吉野のことだ、すぐに包みを開け始めると思っていたのに何故かそれをせず、俺から受け取った紙袋をそのままテーブルの上に置いてしまっていた。

「どうした?お前チョコ好きだろ?」
「うん、まぁそうなんだけど…今日はいいや、今度喰うからさ。それより…俺これがいい!」

そう言って手に持っていた本を広げ、俺に無邪気な笑顔を投げ掛けてきた。

「はぁ?」

相変わらずこいつの話には脈絡がなさ過ぎる。
勝手に完結されても、何が何だかさっぱり意味がわからない。

「あのなぁ、ちゃんとわかるように説明しろ!」
「だからさ、折角のバレンタインなんだし、トリと一緒に作って…トリと一緒に喰いたいなぁと思って」

その上目遣いはよせ。
「一緒に」という言葉が嬉しくて、つい顔を綻ばせそうになるのを何とか堪える。考えてもみろ、細やかな作業が吉野に出来るとも思えないし、最終的に後片付けをするのも俺だろう。
────そんなのはどうでも良いか。
こんなことで吉野が喜んでくれるのならば、お安い御用だ。惚れた弱み、だな。

「で、材料はあるのか?」
「あるわけねぇだろ?これからトリと買いに行くんだから」



はぁ…。全て好きでやっていることとはいえ、こいつといると面倒なことが多い。そう言えば、こうやって吉野と二人で出掛けるのは久々だな。前回出掛けたのはいつのことだったか……。

「だいたい、そのレシピ本買った時に材料も揃えようという考えはなかったのか?」
「あぁ、優が本屋に行くって言うからついでに頼んだんだ。材料も買ってきてくれるって言ったけど、それは断った。」
「どうして?」
「そ…それは……トリと二人で出掛けたかったからに決まってんだろ?バーカ!」

顔を紅く染めながら頬を膨らませる吉野を横目に、気を良くしながら歩幅を合わせて歩く。
このところ仕事の忙しさに託つけて、デートは疎か吉野を外に連れ出してやるようなこともなかった。たまには休みでも取って、二人で出掛けるのも悪くない。別に遠出じゃなくたっていい、こんな風に近所で買い物するだけでも俺は幸せだ。

「おい、それ必要ないだろ?」
「えーいいじゃん、こうやって買い物するの久々だから楽しいんだもん」

吉野はいつも以上にテンションが高く、俺が持つカゴの中は、次から次へと明らかにレシピとは関係ない物で埋まっていった。
それを一つ一つ元の棚に戻しながら、まるで小さな子を持つ親になったような複雑な気分で、会計へと向かう。

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