昼間はあんなに暑かったのに、日が沈み夜になれば幾分和らいで夜風が気持ちいい。風呂から出てミネラルウォーターを口にしながら、俺はベランダで夏の夜空を見上げていた。 東京でもこんなに星が見えるんだな。今まで余り気にして無かったけれど、こうやって星を眺めていると神秘的な感覚に陥ってしまう。日常の忙しさや疲れを忘れ、心までクリアになった気になるから不思議だ。 あぁそうだ。今日は7月7日、七夕か…すっかり忘れていた。 「吉野、いつまでそんなとこに居るんだ?湯冷めして風邪引くぞ。早く中に入れ」 トリの呼び掛けに、随分と長く星空を眺めていたことに気付く。何となく、もう少しこうしていたい気分だった。折角こんなに綺麗な星空なのに、次はまた一年後。 でも来年が晴れるとは限らない。そう考えたら今日の夜空が、とても特別に思えたんだ。 「トリもこっちに来いよ、すっげー星が綺麗だからさ」 俺の誘いに応じてトリも外に出てきた。 「本当だな、星を見るなんて久々かもしれない」 「だろ?それに今日は七夕で、織姫と彦星が年に一度逢える大切な日なんだから」 「七夕か……」 そう言えば昔、短冊に願い事を書いて笹に飾ったりした。今考えたらその頃の願いって、いかにも子供の発想で、現実味の無いものばかりだった気がする。 トリの願い事って何だろう? 隣で上を見上げるトリの横顔を見ながら、急にそんなことが気になった。 「ねぇ、トリ?」 「何だ?」 「トリの願い事って…何?あ、言っとくけど"締め切り守れ"とか、そうゆうのは無しだかんな!」 「そうだな……」 トリは少し考える素振りを見せて、俺の頭を撫でながら身体が冷える、と言って肩を抱き寄せてきた。 「俺の願いはもう叶っているから」 「え、そーなの?何?」 「お前が手に入った」 俺? そう言い切るトリの瞳は真っ直ぐで、こっちが恥ずかしくなる。 「強いて言うなら、来年もお前の傍に居られますように、かな」 来年って、俺はずっと一緒に居たいよ。普段から自分の気持ちをハッキリ伝えてくるから、トリの想いは充分にわかっているつもりだけれど、それでも今ここで確認しておきたい。 「俺は…来年じゃなくて、再来年もその先もずーーっと、トリと一緒に居たいんだけど…」 「千秋…」 「何だよっ!俺じゃ…ふ、不満なのかよ」 俺の言葉に驚いた顔をするから、自分だけがそう思っているのかと不安になっていると、トリは嬉しそうに笑って顔を寄せてきた。 「俺でいいのか?」 「バカ、他にいねぇーだろ?責任取れっ…トリじゃなきゃ…嫌だ」 「約束する」 俺達はお互いの気持ちを再確認して、星空の下でキスを交わした。 「そろそろ中に入るか」 「うん」 差し出された手に指を絡めながら、この幸せが長く続きますように…なんて乙女チックに祈ってみたりする俺は、もうトリ無しではいられないんだと思う。 来年も晴れますように────。 END. →あとがき。 |