世界一初恋

□声が聞きたい
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あぁ……暇だ。トリどうしてるかな。
さっきから携帯を手にしては置いての繰り返し。いつもだったら今頃は、トリの手料理を頬張っているところだ。
でも今日は部屋に俺一人。
別に喧嘩をしているとか、全くそんなことではなくて。
あいつは今出張中で、一人ではなく他の編集さんも一緒だと言うから、何となく電話をしにくいのだ。
いつでもしてこい、とは言ってくれたけれど…トリも仕事なわけで、状況がわからないだけに躊躇してしまう。
理由は他にもある。きっと忙しくしてるに違いないから、特別用もないのにかけたりするのは気が引ける。
要するに、ただ声が聞きたいだけなのだ。
忙しいのなら、せめてメールぐらいしてくれてもいいのに。なんて、今日に限って様子が気になってしまうのは何故なのか。

出張の前日、夕飯を一緒に食べたけれど一通りの家事を終えると明日は朝が早いから、と言ってあっさり帰ってしまった。帰り際に玄関先でキスをされ、ただそれだけ。トリがうちに来て、キスだけで帰るのは珍しい。
いつもは何かの際にスイッチが入り押し倒されるか(未だにどこでトリのスイッチが入るのか、俺にはさっぱりわからない)、お仕置きと称してネチネチとベッドで攻められるかのどちらかなのだ。
これじゃまるで触って欲しかったみたいじゃん!
取り敢えず晩飯でも食べようか。
冷蔵庫を開けてみれば、トリが作り置きしてくれたおかずがまだ少し残っていた。
一人きりの食事は侘しいもので、トリの存在がどんなに大きいのかを改めて実感する。たかが出張というだけでこれだ。普段だってお互いの仕事が忙しかったりすれば一週間逢えないことだってあるし、そんなのはよくあることなのに。
それでも平気なのはトリが近くに居るとわかっているから。逢おうと思えば、いつだって逢える距離に居るから。でも今回は出張で、電話したからと言って直ぐに逢えるわけではないのだ。この差は大きい。

「トリ……」

早く逢いたいよ、声が聞きたい。
こんなことぐらいで情けないとは思うけど、本当のことなんだから仕方がない。

「別に……トリなんか居なくたって平気だし。煩いのが居なくてせいせいするんだから」

そう自分に言い聞かせながらも特にすることもないので、気が付いたら散らかり放題の部屋を何とかしようと試みる。
数日前までは綺麗に片付いていた筈なのに、トリが来ないだけでこの有り様。さすがにこの状態はまずいと思い、重い腰を上げた。

「やっと終わったー」

少しばかり時間はかかったが、物が散乱していた部屋は綺麗に片付き、取り込んだきり山積みになっていた洗濯物だって、それなりに畳めた。トリがしてくれる程綺麗ではないけれど。
あとは原稿。こちらもある程度進めてあるし、何の問題もない。付録用の絵だって昼間のうちに完成させてある。
だから、早く帰って来い……。

そう言えばトリが帰ってくるのっていつだったかな。カレンダーを眺めながらマルの付いた日付を確認していると、インターフォンが鳴り響いた。
誰だ?こんな時間に。

「はーい、どちら様?」
「俺だ、鍵を忘れた。開けてくれ」
「えっ?トリ?あ…ちょっと待って、すぐ開ける」

あれ?カレンダーの印は明日になっていたけど、予定が早まったとか?
いきなり訪れた再会に、不思議に思いながらも俺は浮き足立っていた。

「ねぇ、明日じゃなかったの?」
「もしかしてまだ終わってないのか?今回は延ばせないからな」
「へ?」
「時間厳守だ」

全く噛み合わない会話に首を傾げる俺に、トリは更に続ける。

「付録のカットの締め切りだろ?」
「俺は出張の話をしてるんだけど…」
「誰が出張だって?」
「だからお前の」

取り敢えず中に入れてくれないか、と会話を中断され、何が何だかよくわからないままトリを部屋の中に招き入れた。

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