世界一初恋

□声が聞きたい
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頭が混乱する……。出張じゃないわけ?考えれば考える程、今起きているこの状況が飲み込めない。

「で、俺はいつから出張していることになっているんだ?」

トリはネクタイを緩め、シャツの一番上のボタンを外しながら問い掛けてきた。

「えーと、4日……前?」
「相変わらず思い込みが激しい奴だな。お前、人の話ちゃんと聞いてなかっただろ。確かに出張とは言ったが、あれは日帰りだ。そのあと数日はバタバタしているからここへは来れないが、締め切り前に様子を見に来ると言っておいただろう?」
「日帰りぃー?」

あぁ、そんな話を聞いたような聞いてないような…。ってことは、ただの俺の勘違い?そうとは知らず、一人感傷的になっていた自分がどうにも恥ずかしすぎる。

「それはそうと、カットは終わっているんだろうな?」
「それなら今日完成したから大丈夫」
「そうか。部屋も思ったより片付いているな、それなりの覚悟をして来たんだが。洗濯も自分でしたみたいだし」
「酷いな、俺だってやれば出来るんだよ」
「だったら普段からやれ」

そう言って眉を顰めるトリの言い分は尤もだけど、そんなことをしたら、トリがここに来る回数が更に減るんじゃないかってそう考えてしまう俺はなんて自分勝手なのだろう。

「おい吉野、聞いてるのか?」
「それは、トリに任せる」
「何だそれ」
「だって……そうじゃなきゃトリに逢える時間が減っちゃう……から」

さっきまで頭の中でグルグルしていたことを、口に出してしまっている自分にビックリしたけど、それ以上に驚いているのはトリの方かもしれない。
慌てて取り繕おうとしても時すでに遅し。

「吉野…」
「違っ……あの、そうじゃなくってだな」

チラリとトリの方を見たら顔を綻ばせているから、余計に自分が口にしてしまった言葉が恥ずかしくて、視線を合わせられないでいると優しく頭を撫でられた。
暖かい手、ずっとこの温もりが恋しかったんだ。

「あのなぁ……お前は全然わかってない。生活力を上げるのとそれは別だろ?俺だってお前の顔が見たいんだ。そんなこと言われたら帰れなくなる」
「泊まってけば…いいだろ?」
「今日はやけに積極的なんだな」

結局のところトリの出張は俺の勘違いだったけれど、ここ数日声が聞きたくて、逢いたくて、どうしようもなく寂しかったのは事実で。だから、トリを引き留める為の言葉を必死に考えている自分がいた。

「それに……」
「何?」
「トリが出張ですぐに逢えない距離に居ると思ってたから…そう考えたら凄く寂しくなって…」
「千秋、おいで」

おいで、だなんて甘いセリフを吐きながら俺の身体を引き寄せ抱き締めてきたトリに、不覚にも泣きそうになった俺は、今出来る精一杯の抵抗を口にする。

「俺は犬や猫じゃねーぞ」
「バカ、ここは可愛く甘えておけ」

自分でもわかってる。なのにここ一番素直になれないのは単なる照れ隠しで。そんな俺に愛想を尽かすことなくトリはどこまでも優しいから、どんな顔をしていいのかわからず、ぎゅっと抱き付いて胸に顔を埋めた。

「な…に笑ってんだよ…」
「いや、お前がこんなに寂しがるなんて思ってもみなかったから、嬉しいんだ」

トリは笑いながら俺の身体を引き離すと、そっと触れるだけのキスをしてきた。

「わかってるよな?今日は絶対寝かせてやれないから」
「はぁ?バカなこと言ってんな、トリ明日も仕事じゃん。ちゃんと寝ろよ!」
「それはお前次第だ」

俺次第ってどういう意味だよ。まぁ凄く嬉しそうにしているから別にいいか。怒らせてしまうよりはずっといい。
と、この時までは呑気に構えていた。




「やだっ……も、無理っ」
「ここはまだ欲しそうにしてる」

幾度となく繰り返されるそれに、俺が後悔の念を抱いたのは言うまでもない。手加減することを知らないトリに、この状況を許してしまった自分が憎い。
それにしても、どこでスイッチが入ったんだ?やっぱり俺にはよくわからなかった。


END.

→あとがき。

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