「もういい加減帰ってもらえませんか?」 「やだ」 まるで自分の部屋かのようにソファーに寝転がり寛いでいるこの男は、活字を目で追いながらそう答えた。 でもこれで諦めるわけにはいかない。せっかくの休日だというのに、何故プライベートまで一緒に居なければならないのだ。 思いっきり好きな本を読んで、ゆったりとした時間を過ごしたかったのに。 正確には昨日仕事が終わってから今の今まで俺の部屋に入り浸り、ずっと一緒居たわけで。押し掛けられた時点でこうなることは、簡単に予測出来ていた。 食事を共にし、その後は……いつもの如く絆されて、何度も何度も抱かれた。身体が鉛のように重く、意識を手放したのは何時頃だっただろう。 頼むから早く帰ってくれよ。 これ以上一緒に居たら気が休まらないし、あの時の……俺を抱いている時の高野さんの表情が瞼に焼き付いてしまっていて。 『律、好きだ。顔よく見せて、もっと声聞かせて』 昨夜高野さんに言われた言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡り、まだ身体が覚えている濃厚な情事を思い出せば全身が甘く疼いた。 これではいつもと同じではないかと我に返り、自分の顔をパンパン叩いて再度試みる。 「高野さんっ!」 「煩せーな。そう騒ぐなよ、気が散る」 「はぁ?じゃあこんな所にいつまでも居ないで自分の家で読めばいいでしょ?」 「………」 無視かよ! 全く動く気配のない高野さんに苛立ちながら、深く息を吐き出す。 本に集中しているのか、その後暫く声を発することはなかった。 取り敢えずコーヒーでも飲んで対策を練らなければ。 キッチンに向かい、飲むかどうかはわからないが高野さんの分も淹れて部屋に戻る。ソファーに視線を移し様子を伺うと、高野さんは開いた本を顔に乗せたままピクリともしなかった。 本に手をかけそっと持ち上げてみると、どうやら眠ってしまったようだ。 起こそうかと思ったけれど、寝顔を見てそれを思い留めた。 会社で見る姿とは違い無防備な寝顔。余りにも穏やかで幸せそうな顔をして寝ているものだから、思わず顔が綻んだ。 起こさないようにそっと顔を覗けば、窓から入り込んだ光によって長い睫が頬に影を落としていた。 8月も終わろうとしているのに残暑はまだまだ厳しくて、窓を開けたとしても心地好い風は入ってきそうにない。高野さんの額にうっすらと汗が光る。 少しでも快適に休んでもらおうと、クーラーのリモコンに手を伸ばした。 そして再びソファーに近付いた所までは良かったのだが……何と言う不運か、俺はあろうことか足元に積み重ねられていた本に躓き、眠っている高野さんの上に倒れ込んでしまった。 さすがに今の衝撃で目を覚ました高野さんは、何が起こったのかわからないのだろう。何度も瞬きをしながら俺の顔を熟視していた。 「何やってるわけ?」 「す、す、すみません、今すぐ退きますからっ!!」 慌てて身体を離し立ち上がろうとしたのに、腕を掴むからまた引き戻されてしまう。 今度は咄嗟に高野さんの顔の横へ手をつき、倒れ込むのだけは避けることが出来た。 が、恥ずかしすぎる!この状況をどう説明したら勘違いされずに済むんだろう。 「まさか、お前に襲われるなんてな」 「襲っ……何言ってんですか、そんなわけないでしょ。これは事故ですよ事故!こんなとこに本なんか積み上げてるからっ」 そう言ったものの身体が思うように動かなくて、未だ高野さんの顔がすぐそばにある。 顔が熱く胸もバクバクしていてすぐにでも離れたいのに、でも動けなくて。 「すみません…」 「何で謝るわけ?」 「何でって…」 俺の緊張が頂点に達した時、高野さんの両腕が首に絡まり更に距離が縮まる。そのまま唇が重ねられ、舌を絡め取られた。角度を変えながら深くなるキスに、どうやって高野さんを帰そうかなんてことは、もうどうでも良くなっていた。 キスされたのは紛れもなく俺の方なのに、この体勢ではまるで自分からキスをしたみたいだ。離れたあとも、いつまでも唇に感触が残っていた。 「上下逆って新鮮だよな。すげぇードキドキする」 「だからっ!襲われた、みたいな言い方止めて下さい。事故だって言ってるでしょう?」 ドキドキしたとか言うわりに高野さんは余裕な顔をしていて、それがまた悔しい。どうしてこの人には勝てないんだろう、いつも好き勝手にされて…俺も嫌なら突っぱねればいいのに。でも不思議とそれが不快ではない自分もいて、胸の奥が締め付けられる。 「わっ、ちょっと…何して……」 ドサリとソファーに身体を沈められ、一瞬何が起こったのかわからなかった。気が付けば体勢が入れ替わり、今度は俺が高野さんを見上げている。 「なーに赤くなってんの?ドキドキしちゃったとか?」 「ち、違いますよ。高野さん相手に、するわけないでしょ」 強がる俺の心を全て見透かしたかのように、意味深な笑みを浮かべる高野さんは意地悪だ。わかってるくせにわざとあんな言い方をして煽るのだ。それにいちいち乗っかってしまう俺って一体……。 「んっ……」 二度目のキスは一度目よりもっと優しくて、心地好い。俺は自然と高野さんの背中に腕を回していた。 何をするにも強引なくせに触れてくる手とか、キスだとか、俺に与える全てが優しいなんてズルすぎるよ。 胸の高鳴りは、一向に治まる気配はない────。 END. →あとがき。 |