世界一初恋

□それは必然的
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仕事が珍しく早く片付きマンションに辿り着くと、外から明かりが点いているのが見えた。きっと吉野が来ているのだろう。
案の定玄関のドアを開けると脱ぎ捨てられた靴があり、それを揃えてやりながら中に入る。
どうせまた勝手に人のベッドで寝こけてるのだろうと思っていたら、吉野が駆け寄ってきた。

「トリお帰り!誕生日おめでとう」

そんな言葉と共に差し出されたのは、綺麗にラッピングが施され赤いリボンのかかった箱。
誕生日と言われ、今日が何日だったかを思い出す。本人の頭からすっぽり抜け落ちていたにも拘わらず、こうやってプレゼントを用意し、吉野が自分のことを考えてくれていたということが何よりも嬉しい。

「ありがとう、すっかり忘れてた」
「何だよその顔っ」
「あぁ、すまない。まさかお前からそんな風に言って貰えるなんて思ってもみなかったから、驚いただけだ」
「失礼だな、トリの誕生日忘れるわけないだろ?」

俺の反応が気にくわなかったのか、吉野は頬をプーッと膨らませながら不満そうな表情を見せた。その膨れた顔が可愛くて、笑いながら付け加える。

「悪かった。凄く嬉しいよ、ありがとう」

頭に触れながらそう答えれば、少し照れた様子で「別に大した物じゃないんだけど」と嬉しそうに顔を綻ばせた。

「開けてもいいか?」
「いいよ、使って貰えると嬉しいんだけど」

リボンをほどき、丁寧に包装を開けていく。箱の中身はネクタイで、黒地に白のピンドットというオーソドックスなものではあるが、手持ちのスーツとも相性はいい。
普段スーツなど無縁の生活をしている吉野にとって、どんな物を選べば良いのかわからなかっただろう。実際スーツやシャツと合わせる為、好みなどもあるし難しいアイテムだったりする。
きっと店員に相談しながら、あれこれ悩みながら選んでくれたに違いなかった。

「どう…かな、俺スーツなんて着ないし買いに行ったはいいけど難しくてさー。でもトリは毎日スーツだから、どうしてもネクタイにしたくて」
「お前が選んでくれたんだ、有り難く使わせてもらうよ。先に着替えてくるな」

俺は寝室へ向かいネクタイのノットを緩めながら、改めて貰ったばかりのプレゼントを手に取る。吉野はどんな思いでこれを選んでくれたのだろうか?

花には花言葉があるように、プレゼントにも特別な意味合いが含まれる場合がある。恋愛感情を持つ間柄なら尚更で、指輪やネックレス、ネクタイなどの「輪」を作る物はその類に入ると思う。以前どこかで聞いたことがある。あなたは私のもの、即ち独占欲と言ったところか?
きっと吉野に他意はない。ただ、俺が普段スーツを着るから良かれと思って選んだだけ。ただそれだけのことだ。
それでも、俺にとっては充分意味のある物だった。

千秋、これ以上俺を縛り付けてどうするつもりなんだ?
言われなくても俺は、お前のものだ。

「トリ腹減ったー、何か作ってー」

着替えて戻れば、吉野はお腹を空かせた子供の様に催促をする。

「誕生日である俺が作るのか?」
「んー、まぁそうなんだけど…外食でもいいんだけどさ、やっぱ俺はトリが作ったやつのがいい」

ほら、またそうやってお前は期待させる。無意識な言葉で喜ばせて、縛り付けて、俺を夢中にさせるのだ。

「お前も手伝えよ」
「えー俺食べるの専門だし」

多分、これからもこんな風に振り回されて行くんだろうな。でもこれが全て、吉野にとって必然的選択なのだとしたら────。
それも悪くないかもしれない。無邪気な笑顔を眺めていたら、不思議とそう思えた。

「千秋…」
「ん?」

細い身体を腕の中に閉じ込め、このまま時間が止まってしまえばいいのに、なんて思いながら抱き締める腕に力を込める。

「トリ?」
「俺はどこにも行かないから」
「何意味わかんねぇこと言ってんだよ、変なトリ」

そう言って吉野は、俺を見上げて笑い飛ばした。お前はそのままでいい。ずっと傍にいてくれさえしたら、他には何もいらない。
小さな唇を指でなぞり、自分の唇を重ねる。どんどん深くなる口づけに戸惑いながらも、吉野は必死に応えてくれた。
甘い息を漏らし始める吉野に情欲は高まるばかりで、堪らずシャツの裾から手を滑り込ませる。

「ちょっ、待てって。そ、そうゆうエロいことは後にしろってば。ほら、手伝うから早く作ろうぜ!」

甘い雰囲気を苦手とする吉野は、慌てて待ったをかけ、俺の腕をすり抜けるとキッチンに向かって行く。

「後でならいいんだな?まぁその方が集中出来ていいか」
「バカ、集中すんなっ」

頬を紅潮させながら咎められ、思わず笑みが溢れる。
『あなたは私のもの』……か、まずいな、緩みきった顔はしばらく元に戻りそうにはない。
この意味を知ったら吉野はどう思うだろう。知ってもこれを選んでくれただろうか?どちらにせよ、お前への気持ちが変わらないことだけは確かだ。

「千秋好きだよ」
「知ってる」

想いを口にすれば、ぶっきらぼうに返され決してこちらを向こうとはしない。こういった場合、殆どは照れ隠し。どんな表情をしているかなんて想像に容易くて。そんなお前が愛おしい。


END.

→あとがき。

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