世界一初恋

□夢の中でも
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ネームが思ったよりスムーズに終わり、比較的時間にも気持ち的にも余裕がある今日。もうひと眠りしようと寝室に向かい、ベッドに潜り込んだ。
眠いはずなのに瞼を閉じてもなかなか眠気は襲って来ない。でもこれは今日に限ったことではなくて。
この前だって寝つきが悪く何となく羊を数え始めたところ、優に2000匹を超える可愛い子羊ちゃん達が次々と柵を飛び越えて行ったのだ。
あれこれ考えていたら眠くなるどころか更に目が冴えてしまい、だからと言って仕事の続きをする気になんてなれない。今日は珍しく朝早くに目が覚めてネームをやっていたから、時間なら充分にある。
画材はまとめ買いしたばかりだし、これと言って行きたいところもなかった。
トリのベッドなら眠れるのかも、そう思い財布と携帯だけをジーンズのポケットに突っ込み、俺はトリの部屋へと向かうことにした。
どうしてかは自分でもわからないけれど、何故か昔からそうなのだ。自分のベッドよりトリのベッドの方が寝心地がよくて安眠出来る。だから今でも、しっかり睡眠をとりたい時にはそうしている。


途中コンビニで持てる限りのビールを買い、主の居ない部屋へと上がり込んだ。

「お邪魔しまーす」

一応声に出してみるものの、当然返事は返ってこない。仕事の都合上、普段はトリが俺の部屋に来ることが多いから、前回ここへ来たのはいつのことだったか。

「相変わらず綺麗にしてんな。と言うか殺風景だし」

無駄な物は何1つ置いていなくて、きちんと掃除が行き届いた部屋。自分の部屋はトリが居なかったら足の踏み場もないかもしれない。
何か面白い物はないかと辺りを見回してみても、これと言ってそんな物は何もなくて。これではまるで、主人の浮気を疑って物的証拠を探す主婦のようではないか?勿論そんなつもりはない。ないけど…この違和感は何だろう。
こいつのせいだ!この部屋には似つかわしくない物が1つ、それも結構なスペースを陣取るものが視界に飛び込んできた。まさかトリの趣味、ではないよな?もしも毎日話し掛けていたりしたら、どうしてくれようか。
あり得ないと思いつつも、想像したら可笑しくてたまらない。

「えーと…君、トリのお友達?」

思わず問い掛けてしまったけれど、それが答えられるはずもなく。
何でこんな物がここにあるのか。頭をフル回転させ考えたところ、あることを思い出した。

「あ…」

そうか、トリと行った温泉旅行!ちょうどタイミングよく花火大会と重なり、その時に覗いた夜店でゲットした大きなクマのぬいぐるみだ。
自分の部屋は大量の漫画で置く場所がない為、半ば強引にここへ持ってきたんだった。ウチに持ってきたら速攻捨てる!なんて言っていたけれど、一応まだ大事に(?)置いてくれているらしい。

「お前はいいよなぁ、毎日トリと一緒で……」

ぎゅっとクマを抱きしめ、無意識にそんなことを呟いていた。その後、急に眠気が襲ってきて、抱えていたそれも一緒にベッドに潜り込む。
俺が完全に意識を手放すまで、そう時間はかからなかった。



「んー…」

身体がやけに重く、上から押さえ付けられているような感覚に息苦しさを覚える。ト…リ?
長い指で頬を撫でられ少しくすぐったいけれど、この感覚は嫌いじゃない。もちろん、トリ限定で。
両手で顔を覆われて、すぐそばでトリの息遣いを感じ次に来るものを予期した俺は、全身の力を抜いた。

「はっ!」

ビクリと身体が跳ね慌てて起き上がると、何かが床にボトリと落っこちる。そちらに目を向ければ、大きなクマがひっくり返っていた。どうやらあの重みの原因はコレらしい。

「何だ、お前か。ってことは…夢…」

確かに最近トリとそう言うことをしてない気がするけど、だからってあんな夢を見てしまうなんて自分が恥ずかしい。
ほんの1、2時間寝るつもりが、どっぷりと眠ってしまっていたようだ。

どこからかいい匂いがしてきて、朝簡単な食事をしたきり何も食べていないことに気が付く。お腹もグルグルと鳴っていた。
俺はベッドから這い出ると、匂いのする方へふらりと吸い寄せられるように歩き出していた。

「やっと起きたな、それとも匂いにつられたか?」
「あー、まぁそんな感じ、かな…。帰ってたなら起こしてくれればよかったのに」
「吉野、顔が赤い。どうしたんだ?」
「えっ?あっ…な、何でもねぇーよ!」
「変な奴だな。まぁいい、ちょうど出来上がったとこだから早く座れ。そろそろ起こそうと思ってたんだ」

そう言ってトリは、俺の髪をグシャグシャと掻き混ぜ、笑みを浮かべた。
顔が上気し、トリの顔を直視できないでいるのはさっきの夢のせいで。なのに触れてきたりするからここだけの話、俺の身体はいろいろと大変なことになっている。
本当はあの続きをしたいとか、思ってないわけではないけれど、こういう時はどうしたらいいのだろう?
1人ドキドキしながら食べたトリの手料理は、はっきり言って味なんてよくわからなかった。



END.

→あとがき。

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