世界一初恋

□今日は何の日?
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「律っちゃん、いい物あげるっ」

身仕度を終え、編集部を出ようとしたところで木佐さんに呼び止められた。いつもに増してにこやかなその表情に、条件反射で身構える。
怪しい、その恐ろしい程の笑顔は絶対に何かある!こんな時の木佐さんは、必ず何かを企んでいる時なのだ。

「えーと、どうしたんですか?」
「やだなぁ、そんなに警戒しないでよ。取って食ったりしないってば」

そう言って差し出してきたのは、見慣れたお菓子の箱だった。チョコレート菓子、ポッキーである。それを見た瞬間俺は拍子抜けしてしまった。

「ポッキー……ですか?」
「そ、これあげるから。疲れた時には甘いものっしょ。じゃ、また明日ね律っちゃん」

どうしてポッキーなのかはよくわからない。おまけに去り際には「ちゃんと使ってね」と耳打ちされた。
使う?ポッキーを?
取り敢えずお礼を言って受け取ったのはいいが、さすがに意味不明すぎる。
使うって何だよ、ただのお菓子だろ?
意味深な言葉が気になり振り返った時には、もう木佐さんの姿はなかった。
これをどうしたら良いものかと悩んでいたところ、営業部から帰ってきた高野さんが声をかけてきた。

「何それ」
「あぁ、高野さん。今木佐さんから貰ったんですけど、使ってくれってどういう意味ですかね」
「ふーん……」

一瞬何か考える素振りを見せたけど大した興味も示さず、高野さんは羽鳥さんと仕事の話をし始めた。
まぁいいか、大した意味なんてないだろ。その時はそう思っていた。
もう帰ろう、考えるだけ無駄だ。





どうしてこんなことになっているんだ?仕事してたんじゃなかったのかよ。
先に会社を出たのに、気が付いたらあっという間に追い付かれ、今まさに俺は高野さんの部屋に拉致られようとしている。いつものように抵抗してみるものの、これがまだ一度も成功した試しがなくて。
だったら無駄な抵抗などせず素直に従えよ、なんて声が聞こえてきそうだがそれは無理な話。

「汚い部屋ですがどーぞ」
「ちょっと!それ、嫌みですかっ?」

高野さんは、声を荒らげる俺の頭をグシャグシャと掻き混ぜながら「だったらたまには掃除ぐらいしろ」と笑った。悔しいけれど今まで彼の部屋が散らかっていたことなどなくて、少なくとも俺は見たことがなかった。

「ポッキー出せよ」
「は?欲しかったのなら言ってくれれば会社であげたのに。全部あげますよ、用ってそれだけですか?だったら俺はこれで失礼します」
「お前と一緒じゃなきゃ意味ねぇだろ。ポッキーゲームは1人じゃ出来ないからな」
「はい?」

今ポッキーゲームって言ったのか?何が楽しくてそんなこと!
高野さんは俺から箱を取り上げると、早速中から1本取り出す。

「ほら食え」

そう言って俺の口にポッキーを突っ込んできた。かと思えば反対側の端をくわえ、勢いよくポリポリと音を立てながら食べ始めたではないか。
おいおいおい!何やってんだこの人はっ!このままじゃ、キス……しちゃうじゃないかっ。
どんどん近付いてくる顔にドキドキしながら、慌ててポキンとポッキーを折ってしまった。

「チッ、もう少しだったのに」
「普通に食べて下さい、普通に!だいたい何で高野さんとポッキーなんか…」
「お前、今日が何の日か知らねぇの?」

「え?今日って11月11日…ですけど…」
「1、1、1、1でポッキーの日。せっかく貰ったんだし、それ有効活用しようぜ?どう考えたって『使ってくれ』ってそういう意味だろ」

はぁ?いやいや、そんなわけないだろ。たまたま持っていた物を好意で……。
そう思いたいのに帰り際の木佐さんのにやけた顔が浮かんでしまい、冗談じゃないと頭をブンブンと振る。

「ほれ、もう1本。今度は折るのなしな」

更にもう1本口にくわえさせられ、また逆側から高野さんが食べ始めた。
む、む、む、無理です!
でも今度は俺がパニックを起こしている間に、顎を取られて唇を重ねられてしまった。

「んんっ……ふ…」

身体を押し退けたくても力が入らなくて、一瞬でもこのキスが気持ちいいと思ってしまった自分が嫌だ。目の前の男はクスリと笑い、ご満悦な様子。

「甘いな、そんなに気持ち良かったか?」
「違いますよっ!も、もういいでしょ」

顔が熱い、恥ずかしすぎて高野さんの顔がまともに見れない。結局その後、高野さんがちゃっかり用意していたいちご味のポッキーも食べる羽目となり、今度は普通に食べたのだが(そう簡単にいいようにさせるか!)、『いちご味のキス』はしっかり奪われた。




翌日俺が編集部に足を踏み入れるなり「あのポッキーは使ったのか」と、木佐さんから追求され続けたのは言うまでもない。
適当に交わそうと思ったのに、目敏い高野さんが通りすがりに「ご馳走さま」なんて言うもんだから周りが黙っているはずもなく。
騒ぎ立てる木佐さんと、それに反応して集まってきた美濃さん、「そのネタもらえるか?」と受話器片手の羽鳥さんを静めるのに、本当に大変だったのだ。

あのセクハラ編集長め、マジで覚えてろよー!



END.

→あとがき。

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