世界一初恋

□Surprise
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ハロウィンが終わった瞬間、世の中は一斉にクリスマスに向けて動き出した。店にはところ狭しと関連商品が並び始め、男も女も恋人へのプレゼントは何にしようかと頭を悩ませるのだ。でもそれは幸せな類の悩みであって、相手が喜ぶ姿を思い浮かべれば苦でも何でもない。あれこれ悩んでいる時間は寧ろ至福な時とも言える。
そして12月に入った今、街並みはイルミネーションで彩られて、すっかりクリスマス一色に染まっていた。けれど俺にはそんな浮かれた時間などどこにもなく、年内残り少ない日々も仕事に追われるはずだ。それでも全く考えていないのかと問われれば、決してそういう訳ではない。
そう思っていた矢先「クリスマス気分を味わいたい」なんて吉野が言い出した。
確かに部屋に籠りきりで仕事をする彼からしたら、こんな時くらいは外で息抜きをしたいと思うのは当然な思考であり、ましてやクリスマス、出来ることならそうしてやりたかった。
だからと言って、仕事はきっちりこなしてもらわなければ困る。
どこかへ連れて行ってやりたい気持ちはあるが、今の進行状況ではとても無理だ。ならばせめて吉野の部屋をクリスマス一色にしてしまおうと、ネットであれこれ探して大きなツリーを購入したのが2日前のこと。
予定では今日届くことになっていて、受け取りは吉野にしてある。
ただこのことは一切話していないので、朝のうちに「荷物の受け取りを頼む」とだけ短いメールを送っておいた。
デスクの電話が着信を知らせたのは、すっかり日も暮れてしばらくしてからのことだった。

「エメラルド編集部、羽鳥です」
『あ、トリー?何だよあのデッカイ荷物は!』
「無事届いたか。急で悪かったな、もう少しで終わるからそっちに行く。あとで説明するから」
『わかった、待ってる』

手短に電話を切り、中断していた書類を急いでまとめる。結局そのあと高野さんとの打ち合わせで2時間を要し、予定より随分と遅くなってしまった。
あれを見たら吉野はどんな反応を見せるだろうか、少しでも喜んでくれるといいのだが。
そう思うと、自然と駅へと向かう歩調は速まった。

マンションに着き合鍵を使ってドアを開けると、待ちきれないとばかりに出迎えられ、運ぶのに苦労したと言う荷物の置かれたリビングへと向かう。

「も〜遅かったじゃん!待ちくたびれたよ」

吉野のことだからすでに箱が開いていると思っていたのだが、どうやら俺が帰ってからと考えたらしい。

「悪いな。急な打ち合わせがあって、長引いてしまった」
「まぁ別にいいんだけどさ。で、一体何だよコレ」
「お前クリスマス気分を味わいたいって言っただろ?」
「あぁ…確かに言ったけど、遊んでる暇なんてない……よな。や、わかってるって。ちゃんと仕事、するし」

一応自覚はあるらしい。しかし、無理に笑顔を作って明るく振る舞っているが、声は徐々に小さくなっていく。吉野は肩を落として、寂しげな表情を浮かべていた。可哀想だとは思うが、これで我慢してもらうほかない。

「すまないが、それでいいにしてくれ」

大きな箱を指差し中身を確認するように促すと、中から何が出てくるのか全くわからないといった感じで梱包を解き始めた。

「うわー凄い、これってクリスマスツリーだよな」

箱を開けた瞬間パッと表情が明るくなり、目をキラキラと輝かせながら子供のようにはしゃぐ吉野は、俺を笑顔にさせた。
この顔を見るのが大好きで、ただそれだけで心が癒される。

「気に入ったか?」
「うん!トリありがとう、スゲー嬉しいっ。ねぇ、今から飾ってもいい?」
「あぁ。いくつかセリフまわしを変更してもらいたい点があるが、それは明日でいい。先にこれを片付けよう」

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