世界一初恋

□Snowy day〜小さな幸せ
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『早く終われそう?待ってる。』

吉野からの短いメール。いつもならば、これが食べたいだの、あれを買ってきてくれだのリクエストの類が含まれることが多い。
それがない今日は、ネームの相談か?いや、今回は順調に進んでいるから考えにくい。とは言っても、あくまで"今のところは"である。それとも、ただ単純に逢いたい…と思ってくれているということなのか。
まぁ理由など、どうでもいい。俺が吉野に逢いたいのだから。
取り敢えず『もう少しかかるが、なるべく早めに行く』とだけ返信をして携帯を鞄にしまった。
窓の外を見れば、白いものがチラチラと舞っている。どうりで冷えるはずだ。朝の予報で雨が降るかもしれないと、傘は用意していたから問題はない。
ならば、今夜は身体が温まるものがいいだろう。冷蔵庫に残っているものを思い出しながら、何を買い足すべきか思考を巡らせる。

身支度をして外に出る頃には、辺り一面が白くうっすらと雪が積もっていた。足元に気を付けながら歩を進めて、社を背にした時、ビルの陰に人の気配を感じた。一瞬横顔が見えて、あるはずのない姿に目を見開く。見間違いかとも思ったが、どうやらそれはなさそうだ。

「吉野っ!?」
「あっ、トリっお疲れ」
「お前っ、何でこんな所に…家じゃなかったのか?」
「だから待ってるってメールしただろ?」

確かに『待ってる』とあったが、まさかこんな所で傘もささずに待っているなんて。
髪に付いた雪を払ってやりながら、自分の左側に引き寄せ傘の中に収める。髪は湿り、寒気によって頬や鼻先が赤くなっていた。こんなになるまで何やっているんだ。これでは風邪を引いてしまう。

「てっきり家かと思っていた」
「本屋に行ってて、ついでだから丸川に寄ってみたんだ。もしかしたら一緒に帰れるかな〜と思って…」
「だからって傘もささずに、しかもそんな薄着で風邪でも引いたらどうするんだ」
「大丈夫だって。それに家を出た時はまだ雨降ってなかったんだよ。まさか雪になるなんてビックリした」

ついでだなんて言っているが、丸川に来るより駅に向かう方が遥かに近くて、わざわざこちらに足を運んだのは明らかだった。それにいつ終わるのかも分からないのに、気付けたからいいものの、行き違いになっていたかもしれないではないか。

「くしゅんっ」
「それみろ、風邪引くなよ?」

歩きながら吉野は小さなくしゃみをして、首を竦めていた。手が悴むのか、両手を口元にあてて吐く息で温めている。
俺は足を止め、首からマフラーを外すと吉野の首にしっかりと巻きつけた。

「それ巻いていろ」
「いいって、これじゃトリが寒いじゃん!」
「俺は平気だから、大人しく使っておけ」
「あ、ありがとう…」

一度は外そうとした吉野だったが、余程寒かったのだろう。それ以上は言い返さずに、マフラーを口元まで引き上げポツリと呟く。
トリの匂いがする…くぐもった声だったが、確かにそう聞こえた。
その瞬間、愛おしさで胸がいっぱいになってしまって、抱き締めたい衝動に駆られる。さすがにこの場でそうするのも気が引けて、何とか理性を繋ぎ止めた。

「吉野、悪いが鞄を持ってくれ」
「え?いいけど…」

右手で待っていた鞄を預けて、傘を左手から右手に持ち直した。
吉野は、きっと鞄が濡れないようにと内側で持ってくれているのだろうが、それでは預けた意味がない。逆手で持つように伝える。
ようやく二人の間に障害がなくなり、
俺は空いた左手で、吉野の小さな右手を握り締めコートのポケットに突っ込んだ。

「トリっ!何…恥ずかしいことしてんだよ」
「暗いしこの天気だ、誰も気にしないだろ」
「アホかっ!」

決して寒さだけでは説明がつかない程に頬を紅潮させて、吉野は握った手をほんの僅か弛めた。そのまま離れていくかと思えば、指を絡めしっかりと握り直してくる。

「トリの手あったかい…」

思わず口元が綻び、手を握り返した。
吉野の手は冷たかったが、指先からはドクドクと脈が伝わってくる。逆に、こちらのも伝わっているのだろうか。

「今日は鍋にしようか」
「賛成っ!!身体冷えきってるから温まるよな。買い物してくんだろ?俺アイスも食いたいっ!」
「こんなに寒いのにか?」
「バーカ。寒い日に、あったかい部屋でアイスを食べる!鉄則じゃん」
「お前の場合、季節は関係ないだろ」

バレたか、と無邪気に笑う吉野を眺めれば、つられて笑みが溢れた。

「その前に、帰ったら先に風呂だな」
「じゃぁ一緒に入る?」
「……え?」

またいつもの無自覚に発した言葉。分かっていても翻弄されてしまう。
突然会話が途切れて、吉野は首を傾けながらこちらを向いた。しかし、眉根を寄せた俺の表情で何かを察したのか、急にそわそわと落ち着きがなくなる。

「あっ……いや、ごめ…今の無し……な!ははっ……」
「別に俺は一緒で構わんが、鍋はいつになるか分からないぞ?」
「……へ?」

全くお前って奴は。思ったままに口にするのはよせ。でも、そんな吉野だからこそ、好きなのかもしれない。

「スキンシップは大事だろ?」
「や…トリ……あ、……ええぇ〜?!」

含みのある言い方をどう捉えたか。案外それは、しっかりと伝わったようで。
もっと、俺を意識すればいい。
もっと、俺色に染まっていけばいい。

「今何を想像した?」
「なっ……べ、別に何も想像してねェし!」

言葉とは裏腹に、繋いだままの手からはハッキリと伝わる動揺。そんな吉野が可愛くて堪らなかった。
雪はまだ降り続けているけれど、手の温もりのせいか、寒さは然程気にならなくなっていた。

「今日は……泊まっていけば?」
「言われなくてもそうする」

吉野は恥ずかしそうに俯きながら、きゅっと握る手に力を込めた。
彼なりの精一杯な意思表示。そんな顔をされたら、胸が締め付けられるばかりで。俺の鼓動はなかなか静まらなくなる。
思わぬ雪は、二人の距離を更に縮めてくれた気がした。

────雪の日の小さな幸せ。



END.

→あとがき。

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