『早く終われそう?待ってる。』 吉野からの短いメール。いつもならば、これが食べたいだの、あれを買ってきてくれだのリクエストの類が含まれることが多い。 それがない今日は、ネームの相談か?いや、今回は順調に進んでいるから考えにくい。とは言っても、あくまで"今のところは"である。それとも、ただ単純に逢いたい…と思ってくれているということなのか。 まぁ理由など、どうでもいい。俺が吉野に逢いたいのだから。 取り敢えず『もう少しかかるが、なるべく早めに行く』とだけ返信をして携帯を鞄にしまった。 窓の外を見れば、白いものがチラチラと舞っている。どうりで冷えるはずだ。朝の予報で雨が降るかもしれないと、傘は用意していたから問題はない。 ならば、今夜は身体が温まるものがいいだろう。冷蔵庫に残っているものを思い出しながら、何を買い足すべきか思考を巡らせる。 身支度をして外に出る頃には、辺り一面が白くうっすらと雪が積もっていた。足元に気を付けながら歩を進めて、社を背にした時、ビルの陰に人の気配を感じた。一瞬横顔が見えて、あるはずのない姿に目を見開く。見間違いかとも思ったが、どうやらそれはなさそうだ。 「吉野っ!?」 「あっ、トリっお疲れ」 「お前っ、何でこんな所に…家じゃなかったのか?」 「だから待ってるってメールしただろ?」 確かに『待ってる』とあったが、まさかこんな所で傘もささずに待っているなんて。 髪に付いた雪を払ってやりながら、自分の左側に引き寄せ傘の中に収める。髪は湿り、寒気によって頬や鼻先が赤くなっていた。こんなになるまで何やっているんだ。これでは風邪を引いてしまう。 「てっきり家かと思っていた」 「本屋に行ってて、ついでだから丸川に寄ってみたんだ。もしかしたら一緒に帰れるかな〜と思って…」 「だからって傘もささずに、しかもそんな薄着で風邪でも引いたらどうするんだ」 「大丈夫だって。それに家を出た時はまだ雨降ってなかったんだよ。まさか雪になるなんてビックリした」 ついでだなんて言っているが、丸川に来るより駅に向かう方が遥かに近くて、わざわざこちらに足を運んだのは明らかだった。それにいつ終わるのかも分からないのに、気付けたからいいものの、行き違いになっていたかもしれないではないか。 「くしゅんっ」 「それみろ、風邪引くなよ?」 歩きながら吉野は小さなくしゃみをして、首を竦めていた。手が悴むのか、両手を口元にあてて吐く息で温めている。 俺は足を止め、首からマフラーを外すと吉野の首にしっかりと巻きつけた。 「それ巻いていろ」 「いいって、これじゃトリが寒いじゃん!」 「俺は平気だから、大人しく使っておけ」 「あ、ありがとう…」 一度は外そうとした吉野だったが、余程寒かったのだろう。それ以上は言い返さずに、マフラーを口元まで引き上げポツリと呟く。 トリの匂いがする…くぐもった声だったが、確かにそう聞こえた。 その瞬間、愛おしさで胸がいっぱいになってしまって、抱き締めたい衝動に駆られる。さすがにこの場でそうするのも気が引けて、何とか理性を繋ぎ止めた。 「吉野、悪いが鞄を持ってくれ」 「え?いいけど…」 右手で待っていた鞄を預けて、傘を左手から右手に持ち直した。 吉野は、きっと鞄が濡れないようにと内側で持ってくれているのだろうが、それでは預けた意味がない。逆手で持つように伝える。 ようやく二人の間に障害がなくなり、 俺は空いた左手で、吉野の小さな右手を握り締めコートのポケットに突っ込んだ。 「トリっ!何…恥ずかしいことしてんだよ」 「暗いしこの天気だ、誰も気にしないだろ」 「アホかっ!」 決して寒さだけでは説明がつかない程に頬を紅潮させて、吉野は握った手をほんの僅か弛めた。そのまま離れていくかと思えば、指を絡めしっかりと握り直してくる。 「トリの手あったかい…」 思わず口元が綻び、手を握り返した。 吉野の手は冷たかったが、指先からはドクドクと脈が伝わってくる。逆に、こちらのも伝わっているのだろうか。 「今日は鍋にしようか」 「賛成っ!!身体冷えきってるから温まるよな。買い物してくんだろ?俺アイスも食いたいっ!」 「こんなに寒いのにか?」 「バーカ。寒い日に、あったかい部屋でアイスを食べる!鉄則じゃん」 「お前の場合、季節は関係ないだろ」 バレたか、と無邪気に笑う吉野を眺めれば、つられて笑みが溢れた。 「その前に、帰ったら先に風呂だな」 「じゃぁ一緒に入る?」 「……え?」 またいつもの無自覚に発した言葉。分かっていても翻弄されてしまう。 突然会話が途切れて、吉野は首を傾けながらこちらを向いた。しかし、眉根を寄せた俺の表情で何かを察したのか、急にそわそわと落ち着きがなくなる。 「あっ……いや、ごめ…今の無し……な!ははっ……」 「別に俺は一緒で構わんが、鍋はいつになるか分からないぞ?」 「……へ?」 全くお前って奴は。思ったままに口にするのはよせ。でも、そんな吉野だからこそ、好きなのかもしれない。 「スキンシップは大事だろ?」 「や…トリ……あ、……ええぇ〜?!」 含みのある言い方をどう捉えたか。案外それは、しっかりと伝わったようで。 もっと、俺を意識すればいい。 もっと、俺色に染まっていけばいい。 「今何を想像した?」 「なっ……べ、別に何も想像してねェし!」 言葉とは裏腹に、繋いだままの手からはハッキリと伝わる動揺。そんな吉野が可愛くて堪らなかった。 雪はまだ降り続けているけれど、手の温もりのせいか、寒さは然程気にならなくなっていた。 「今日は……泊まっていけば?」 「言われなくてもそうする」 吉野は恥ずかしそうに俯きながら、きゅっと握る手に力を込めた。 彼なりの精一杯な意思表示。そんな顔をされたら、胸が締め付けられるばかりで。俺の鼓動はなかなか静まらなくなる。 思わぬ雪は、二人の距離を更に縮めてくれた気がした。 ────雪の日の小さな幸せ。 END. →あとがき。 |