世界一初恋

□嫌い、嫌い、大好き
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「俺、丸川辞めるから」
「え?」
「だからこの部屋も引き払う」

無理矢理高野さんの部屋に連れ込まれて、今日は一体何をされるのかと一人ドキドキしていたら、いきなりとんでもないことを言い出した。
今、丸川を辞めるって言ったのか?そしてこの部屋も出ていくと。
本当にいきなり過ぎて、俺は言葉を失っていた。

「小野寺、聞いてる?」
「えっと、あの……急にそんなことを言われても……エ、エメラルドはどうなるんですか?」
「うちは出来る編集ばかりだし、俺がいなくても平気だろ。お前にだって、一通りのことは教えたんだから、あとは自分次第だ」
「でも俺はまだ、高野さんに教えてもらいたいことたくさんあります!それに…………」

何勝手なことを言ってるんだ!文芸希望だったこの俺がエメラルドに配属されて、最初は辞めることばかり考えていたけれど、漫画編集の良さを教えてくれたのは高野さんだ。今ではやりがいすら感じている。
おまけに10年ぶりの再会に、もしかしたら運命なのかもって……そんな風に思えてきたのに。

待ってよ、好きだって何度も言ってくれたじゃないか。なのに俺は、まだアンタに何も伝えられていない!高野さんが……好きなんだって。
だから、どこにも行かないで!
俺の前からいなくならないで────。

その日は最悪な形で目が覚めた。
夢……か……だとしても、泣きながら目覚めるとかあり得ない。何で高野さんが出てくるんだよ。
それに納得がいかない。何がって、どう考えてもおかしいだろ、どうして俺がフラれたみたいになってるんだ?
ただの夢なのに、言い様のない感情に押し潰されそうになっている自分がムカツク。
頭を掻きむしりながら時計を見ると、今日も時間ギリギリで、慌てて身支度をし部屋を飛び出した。

あんなの現実ではなくてただの夢、分かってはいるけれど、本当にそうなってしまったら?と考えると、急に不安になってしまう。

「おい小野寺!やる気ねぇなら帰れ、迷惑だ」
「す、すみません……」

高野さんが怒鳴るのも無理はない。朝から頭の中が夢のことばかりで、当然仕事になるはずもなく。怒られて、また更に気分が落ち込む。
何やってんだ、俺!それと仕事は関係ないだろ。
でも…たまたま聞いてしまった、木佐さんと美濃さんの会話。

『あれ決定らしいよ』
『えーマジ?高野さん、一度決めたら曲げないじゃん』

決定って、何?まさか本当に辞める……とか?
その後もずっと頭がグルグルして、どうやって家に帰ってきたのか全く覚えていない。
携帯の着信履歴が高野さんの名前で埋め尽くされているのに気付いたのは、風呂から出てビールの缶のプルタブを起こした時だった。
さすがにかけ直した方がいいかもしれない。そう思い、一度ソファーに置いた携帯を手にする。
そのタイミングで、携帯とインターフォンが同時に鳴り出した。きっと高野さんだ!

「はい」
『やっと繋がった、お前携帯出ろよ!』
「すみません、今気付いたんで」

喋りながら慌てて鍵を開けると、勢いよくドアを開け放ち高野さんが踏み込んできた。彼がそこで動きを止めるはずもなく、俺の横を擦り抜けて部屋の中へ入って行った。

「ちょっと、高野さんっ!」
「相変わらず汚ねーな」
「失礼なっ、週末には片付く予定なんですから。それより何しに来たんですか?」
「用がなきゃ、来ちゃいけねーのかよ」

用がないのにあの着信か?そんなわけないだろ、高野さんの考えていることが全く分からない。

「まぁいいけど。思ったより元気そうだな」
「え?」
「朝から様子が変だったし、一人で抱え込むなよ」
「俺は別に……」
「無理すんな」

そう言いながら俺の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてくるから、触れられた箇所から熱が広がって、嫌でも意識してしまう。

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