世界一初恋 2

□そんなこと言われたら
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久々にのんびりとした穏やかな休日、いつもより遅めの朝食をとったあと、しばらくして携帯が鳴る。
今日は掃除でもしようと思っていたのに、思いもよらぬメールで、財布と携帯だけを持って部屋を飛び出す羽目になった。

『頼む、助けてくれ』

たったこれだけの短いメール、桐嶋さんからだった。詳細が何一つ分からない為、あれこれと最悪なことを考えてしまう。彼の身に何かあったのか、それともひよの方か。
自分に助けを求めてくること自体が珍しくて、あらぬことが頭を過った。いつもよりマンションまでの道程が長く感じられた。

漸く辿り着いて、近隣の住人に挨拶をしながら歩調を早める。ここの住居者ではないが、頻繁に訪れているせいか、顔を見ればみんな気さくに挨拶をしてくれるようになっていた。
桐嶋家とどのような関係だと思われているのか分からないが、この際それはどうでもいい。
勢いよく玄関に踏み込むと、意外にも落ち着いた様子の桐嶋さんに出迎えられて、拍子抜けした。

「ずいぶん早かったな」
「あんたがあんなメールよこすからだろ!で、何があったんだ」

まだ荒い呼吸を整えながら説明を求めると、桐嶋さんは大きな溜め息をついて、そのままリビングに行ってしまった。その後を追いながら、俺は更に続ける。

「ひよはどうしたんだ?」

まだ状況は掴めないが、桐嶋さんは普段と様子が変わらない気がした。となると、まだ姿を見ていないひよのことが気になった。

「そのことなんだけどさ……」

彼はソファーに腰を下ろしながら、また溜め息をついた。どうやら何かあったのは、やっぱりひよの方らしい。

「早く言えよ」
「飯も食わずに、昨日の夜から部屋で鬱ぎ込んでる」
「はぁ?親子喧嘩か?」
「そんなんじゃねーよ。でも俺の手には負えないから、横澤、頼むよ」

いまいち要領を得ないが、取り敢えず様子を見に行くことにした。
ひよの部屋の前で足を止め、声を掛ける。

「ひよ、俺だ。入ってもいいか?」
「お兄ちゃん?」

すぐにドアは開かれて、中からひよが顔を出す。いつものような元気はないものの、具合が悪いわけではないらしく、一先ず安心した。
それでも。やっぱりこんな状態のひよは見たくないし、笑った顔の方がよく似合う。自分にしてやれることがあれば、力になってやりたい。

「どうした、学校で嫌なことでもあったか?パパも心配してるぞ」
「ううん、そうじゃないの……」
「何だよ、言ってみろよ」

ひよは口を閉ざし机の方に歩いて行くと、バックを手にして戻ってきた。それを俺に差し出す。
ピンク色の可愛らしいバックで、ひよが普段から大事にしているのを知っている。

「昨日学校から帰る途中で、金網に引っかけちゃったの。そしたら……これ……」

よく見れば、ちょうど真ん中辺りの生地が破けてしまっていた。それで元気がなかったのか?

「なんだ、それなら俺が新しいのを買ってやるから」
「パパと同じこと言わないでっ!このバッグは、由紀ちゃんとお揃いの大事な物なんだから」

ひよの悲しそうな顔を見ていたら、何とかしてやりたいとは思うが、ただ裂けているならともかく、こうも破れてしまっていたら難しい。
共布があれば裏から当てて、目立たなくすることは可能だと思う。でもそれは出来そうにない。
こんな時、母親だったらどうするだろう。
何かないかと、部屋の中を見回していると、ひよの頭に目が止まった。

「なあひよ、今度もっと可愛いやつ買ってやるから、それ使ってもいいか?」

髪留めを指差すと、ひよは髪から外して不思議そうに首を傾げた。

「いいけど、どうするの?」
「いいから黙って見てろ。あと裁縫箱あるか?」
「うん、ちょっと待ってて」

出してくれた裁縫箱を受け取ると、俺は床に座って、目の前にバッグを広げた。なるべく生地の色に近い糸を選び、針の穴に通していく。
ボタンを付ける程度なら普段からやっているが、正直言って、裁縫が得意なわけではない。
でも可愛いひよの為だ、やるしかなかった。
細心の注意を払いながら、裏側から丁寧に縫い合わせていく。なんとか穴は塞がったものの、やはり表から見ればその箇所が目立ってしまっている。
そこで、ひよから貰った髪飾りの金具からリボンだけを取り外して、しっかりと縫い付けてみた。

「出来た、これで……どうだ?」

バッグをひよに手渡して、反応を待つ。今してやれるのは、これが限界だ。

「凄いっ、お兄ちゃんありがとう!リボンでもっと可愛くなっちゃった」
ひよの顔がパッと明るくなり、今日始めての笑顔を見せた。その様子に安堵の溜め息をつく。気に入ってもらえなかったら、バッグも髪飾りも台無しにするところだったのだ。そうならなくて、本当に良かったと思う。

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