世界一初恋 2

□初めてのお誘い
1ページ/2ページ


仕事からの帰り道、ずっと考えていた。顔を合わせれば何か言いたげで、だからと言って何を言ってくるわけでもない。言いたいことがあるなら、ハッキリ言って欲しい。
荷物を放り投げると、冷蔵庫から残り少なくなったミネラルウォーターを取り出して、一気に飲み干した。
やっぱり一人で帰すんじゃなかったと、そう思った時、携帯が着信を知らせる。放り投げたバッグから携帯を取り出し、ディスプレイを確認するとそこには「小野寺律」の文字。

『高野さん……あの、明日は何してますか?』
「何?デートのお誘いとか?」
『ち、違いますっ!!そうじゃなくて、テーマパークのチケットを貰ったんですけど、急だし他に行けそうな人がいなくて』
「それをデートって言うんじゃねぇの?」
『違うって言ってるでしょ!期限が明日までだし、このまま使わないのも勿体ないんで。あ、嫌ならいいんですけど……無理に連れ回すのも悪いですからっ。だけど、もし暇してるのなら……』

なるほど、言い出せなかったのはコレか。やっと胸の痞えがとれたものの、何か釈然としない。あいつからのお誘いなんて今までないし、どうせなら電話なんかではなく、面と向かって聞きたかった。
俺は、まだ繋がったままの電話を一方的に切ると、部屋を飛び出した。
そしてすぐ隣のインターフォンを数回押し、なかなかドアが開かないので、これでもかと連打してやる。暫くして、少しだけドアが開いた。

「ちょっと!近所迷惑ですって」
「だったら早く中に入れろよ。このチェーン外せ」

ドアの隙間から見えた顔は不機嫌そうではあるけれど、意外にもドアチェーンはすんなりと外された。中に入ると、律は頬を赤らめ視線を背ける。

「用なら電話で……」
「ばーか。こんな大事なことは、ちゃんと俺の顔見て言え。ほら、こっち向けよ。チケットが何だって?」
「さっき電話で言いましたけど」
「悪い、よく聞こえなかった」

玄関のドアに追い込み、逃げられないように両手をついて囲むと、「嘘つき」と言って眉間に皺を寄せ俺を睨み付けてきた。頬を染めた状態でのそれは、寧ろ可愛いだけで意味を成さない。

「もう一回言って」
「だ……から、テーマパークのチケットを貰ったんで……明日高野さんの都合がよければ……」

やっぱりどう考えても、デートだとしか思えない。俺は律の腕を引き寄せて、思いっきり抱き締めた。

「行く、スゲェー嬉しい」
「そうですか、でも……ほんと、デートとかじゃないですから、勘違いしないで下さいよ。チケット無駄にしたくないだけなんで」
「でも嬉しい」

今までにも二人で出掛けたことはあったけれど、全て俺が何かと理由をつけて誘ったものばかりだ。
それが今回は、いつもと違って誘ったのが俺からではなく、律からだってことが堪らなく嬉しかった。これが浮かれずにいられるわけがない。

「ちょっと、もう離して下さい」
「ムリ」
「高野さん?あの、もともと俺が担当してる作家さんが行くはずだったんですが、急に用ができたとかで……」
「だから?」
「ついでに資料用の写真を撮りたかったらしくて、代わりに俺が撮ってあげたいんです。だから……、だからこれは仕事なんです」

あまりにも必死に仕事だと主張するもんだから、それが可笑しくて思わず吹き出してしまう。最初からその写真は「ついで」だったんだろーが。
そんな言い方をしなくても、素直に一緒に行きたい、と言ってくれたらいいのに。

「何笑ってるんですか、ちゃんと聞いてます?絶対にデートじゃないですからね?」
「はいはい」

デートなのか、そうでないのかなんて、別にどうでもよかった。律と二人っきりだということには、変わりないのだから。
お前はいつも口では反抗的なことを言うくせに、時々俺を喜ばせるような可愛いことを言ってくる。
本人は自覚なさそうなんだけど、その度に俺は心を乱されて、仕事中だって公私混同してしまう。
律が好き────
もう何度も伝えているこの言葉は、どうしたらお前の胸に響く?

「じゃあ、今日はここに泊めろ」
「はぁ?何でそうなるんですか!隣なんだから自分の部屋で寝て下さい」
「朝起こしてやるから」
「自分で起きれます!!」
「どうだか、すぐ寝坊するくせに。それに仕事、なんだろ?上司命令」
「か、勝手に決めないで下さいっ。明日だって、どうしても行かなきゃならないわけじゃないんですから!も……いい加減離して」

力いっぱい胸を押し返され、身体は引き剥がされた。いつものことだけど、あからさまに嫌がられれば、胸がチリチリと痛む。
こんなにも好きなのに、実際はお前について知らないことが多すぎる。好きな色も、食べ物も、それすら知らなくて、何も歩み寄れないまま学生の頃は別れてしまった。
知りたいことも、知って欲しいことも、たくさんあって。それがいざ目の前にしてしまうと、いい歳した大人が気持ちばかりが空回りして上手くいかない。ただ一緒にいたいだけなのに、恋愛って本当に難しい。

「あ……の、朝食作ってくれるなら、考えても……いいですけど」

黙り込んで一瞬顔を歪めた俺を、傷付けたと解釈したのか、律は慌てて譲歩を口にした。突き放したかと思えば、そうやって引き寄せる。
いっそのこと、もう認めちまったらどうだ?俺のことが好きなんだって。そしたら今度こそ、お前のことを他の誰よりも幸せにしてやるから。

「任せとけ」

そう返すと、律は何も言わずに部屋の中に入って行こうとした。が、急に足が止まる。

「いつまでそんな所につっ立ってるんですか?早く中に入って下さい」
「それじゃ、お邪魔します」

本当にもう、お前ってヤツは可愛いんだか、可愛くないんだか。でも、そんな全てが愛おしい。
これでも丸川に来たばかりの頃よりは、だいぶ心を許してくれているんだと思う。

「なぁ、一緒に風呂入る?」
「入りませんっ」
「照れんなって、俺が洗ってやる」
「丁重にお断りします !!」

こんなやりとりすら楽しいって、俺が思っていることを知ったら、どんな顔をするだろう。明日が待ち遠しくて堪らない。


END.

→あとがき。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ