世界一初恋 2

□レモン風味
1ページ/2ページ


思えば昨日から調子が悪かった気がする。別に熱があるわけでもないので、仕事は通常通りにこなしているが、やはり喉に違和感があった。
営業はデスクワークだけではなく、外に出る機会も多い。細心の注意を払っていたつもりだが、それにも限界はあるらしい。

「っくしゅ」
「風邪っすか?横澤さんでも引くんですね」
「人を何だと思ってる、お前のせいで喉が痛いんだ。菌を撒き散らすんじゃねぇ」

声をかけてきたのは同じ部署の後輩、逸見。言ったそばから咳をし始め、全くもってタチが悪い。先日の雨にやられたらしく、その日コイツは外回りから濡れて社に戻って来た。
喉の違和感は、絶対にそこからきているのだと確信している。

「可愛い後輩をバイ菌扱いしないで下さいよ」
「本当のことだろうが!俺にうつすなよ」
「分かってますよ。あ、俺いっぱい常備してるんで、これよかったらどうぞ」

そう言って自分のデスクの引き出しから何かを掴んで、俺に差し出してきた。「手を出して下さい」と言われ、素直に手のひらを広げると、バラバラと落とされたのは薄いレモン色をした飴だった。

「のど飴です」
「たまには気が利くじゃねぇか。そうだ、企画会議2時からだから遅れんなよ」
「今回で、だいぶ詰められそうですよね」
「だといいけどな」

ジャプン、エメラルド、両編集部も集まって、サイン会の最終打ち合わせなのだが。エメラルドに関しては、吉川千春に何度かお願いしているものの、やはり今回も断られてしまった。

まだ会議までは少し時間があるが、早めに会議室へ行くことにした。
勢いよく部屋に入ると、誰も居ないと思っていたのに、既に桐嶋さんの姿があって驚く。彼も同じだったのだろう、お互い顔を見合わせて、最初に口を開いたのは桐嶋さんの方だった。

「随分と早いな」
「人のこと言えないだろ?つーか何だその声、ヒデーな」

第一声が聞き慣れた声とは程遠く、かなり掠れてしまっている。どうやら彼も喉をやられたらしい。

「あぁ、油断してた。朝起きたらこの状態だ」
「気を付けろよ、編集長が倒れたらヤバイだろ。ひよにだ
って、うつしたら大変だ」
「仕事とかひよとか、俺の心配は一切無しかよ」
「そう言う意味じゃない。でも事実だろ」

これから忙しくなるというのに、編集長が休んでしまったら大変なことになる。それにひよが、来週友達の誕生日会をやると張り切っていたのを思い出しての発言だったのだが、不満だったらしい。
だからと言って、今更付け加えたところで機嫌は直らないだろう。
何となく気まずい空気が流れてしまい、取り敢えずは今のうちに貰った飴でも舐めておこうと、口に放り込んだ。普段飴なんて舐めることはないが、正直今の自分にはかなり有り難い。
久々に口にするそれは、ほんのりミントがきいていて、甘酸っぱいレモンの味が口いっぱいに広がった。

「それ俺にもくれよ」
「ああ、まだあるからアンタも舐めた方がいい」

拗ねたかと思えば、何事もなかったかのように話しかけられ、少しでも気にした自分が馬鹿みたいだ。
飴を手渡そうとポケットを漁っていると、桐嶋さんが近付いてきた。

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ