世界一初恋 2

□恋の副作用
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埋めようのない心の虚しさに、いつしか希望を持つことも、期待することも諦めた。いくら足掻こうが、環境なんて変わりやしない。
だから何も求めないし考えるだけ無駄で、我ながら冷めきっていると思う。
かつてはそう考えていたはずが、今ではたった一人の存在に揺れ動く自分がいた。

織田律────お前が、好きだ。

一方的に想いを告げ、俺のことをよく知りもしないくせに、ストーカーのようにつき纏ってきた奴。理解に苦しむし、男同士で何それって感じ。
それよりも、自分には無いものだらけのコイツが眩しすぎて、嫌だった。
それなのにどうして……さっぱり分からない、こんなにも気になるなんて。

「────んですけど…………先輩?」

放課後のひと気も疎らな図書室、いつの間にか物思いに更けっていたらしい。いつもの席で隣に座っていた律が、心配げに俺の顔を覗き込んでいた。
エメラルドグリーンの瞳を向けられていることに気付くまで、かなりの時間がかかったかもしれない。
いまだ隣に律がいるこの状況に慣れなくて、変な感じがする。
ずっと見られていたことには変わりないけれど。まあ、本人的には『こっそり』だったかもしれないが、痛いほど視線は突き刺さっていた。今となっては笑える話。

「悪い、聞いてなかった、何?」
「あの……品揃えのいい古書店を見つけたんですけど、このあと一緒に行けたらいいなって。あ、でも先輩お疲れみたいなんで、すみません……また今度でいいです」
「別にいいけど」
「でも先輩が」
「いいって言ってんだろ?」
「すみません……」

ああ、またこんな言い方。
謝らせたいわけじゃない、もっと笑っていて欲しいのに上手くいかない。
俺だってコイツと一緒にいたいのに、それをどう伝えたらいいのか分からなくて。
黙って席を立てば律も俺のあとを追ってきて、そのまま図書室を出た。

「あのっ嵯峨先輩どこへ?」
「古書店デート、だろ」
「で、で、デートって……そんなつもりじゃ……」
「違うの?」

顔を赤らめ俯いてしまった律を見ながらそう言うと、違いません、と遠慮がちに返された。
一応付き合っているのだから、デートでいいはずだ……たぶん。
心臓がうるさく脈打っている。そんな余裕のなさに気付かれたくなくて、深呼吸を一つしてみたけれど、やっぱりドキドキは消えてくれない。

これが俺の初恋、そう気付かされたのはごく最近のことだ。
あんな酷いことを言って傷付かないはずないのに、こうしてまだ変わらず好きでいてくれている。

「あの、先輩……」
「ん?」
「やっぱり古書店はまたにしませんか?」

暫くの沈黙のあとそう切り出されたのは、ちょうど門を出た時だった。

「どうして?」
「デートなら……日曜とかの方が長く一緒にいられるし、その方がデートっぽいと言うか。学校以外でも逢えたらいいなぁって」
「…………」

図書室を出てからずっと考えていたこと。
学校がある日には図書室で逢えるけれど、休みの日にも一緒にいたい場合、どう誘い出せばいいんだろうって。
だからビックリして、嬉しくて、すぐに言葉を返せなかっただけなのに。

「す、すみませんっ !! デートとか言われて、俺すっかり一人で舞い上がってしまって、先輩の都合も考えずに迷惑ですよね……今の忘れて下さいっ。こうして付き合ってもらえてるだけでも凄いことなのに、罰当たりでした」

無言を違う方向に解釈した律は、見当違いなことをベラベラと喋り始め、その一生懸命さが可笑しくて思わず吹き出してしまった。

「まだ何も言ってないだろ、やっぱお前って面白いな」

ほんのり色づいていた頬が更に赤く染まり、口をパクパクさせながら表情がコロコロ変わる。バカ正直でストレートに気持ちを伝えてくるから、最初は戸惑ったけれど。
人から必要とされたり、自分の為にあれこれ考えてもらえたりって、こんなにも心が穏やかで温かくなるものなんだな。

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