埋めようのない心の虚しさに、いつしか希望を持つことも、期待することも諦めた。いくら足掻こうが、環境なんて変わりやしない。 だから何も求めないし考えるだけ無駄で、我ながら冷めきっていると思う。 かつてはそう考えていたはずが、今ではたった一人の存在に揺れ動く自分がいた。 織田律────お前が、好きだ。 一方的に想いを告げ、俺のことをよく知りもしないくせに、ストーカーのようにつき纏ってきた奴。理解に苦しむし、男同士で何それって感じ。 それよりも、自分には無いものだらけのコイツが眩しすぎて、嫌だった。 それなのにどうして……さっぱり分からない、こんなにも気になるなんて。 「────んですけど…………先輩?」 放課後のひと気も疎らな図書室、いつの間にか物思いに更けっていたらしい。いつもの席で隣に座っていた律が、心配げに俺の顔を覗き込んでいた。 エメラルドグリーンの瞳を向けられていることに気付くまで、かなりの時間がかかったかもしれない。 いまだ隣に律がいるこの状況に慣れなくて、変な感じがする。 ずっと見られていたことには変わりないけれど。まあ、本人的には『こっそり』だったかもしれないが、痛いほど視線は突き刺さっていた。今となっては笑える話。 「悪い、聞いてなかった、何?」 「あの……品揃えのいい古書店を見つけたんですけど、このあと一緒に行けたらいいなって。あ、でも先輩お疲れみたいなんで、すみません……また今度でいいです」 「別にいいけど」 「でも先輩が」 「いいって言ってんだろ?」 「すみません……」 ああ、またこんな言い方。 謝らせたいわけじゃない、もっと笑っていて欲しいのに上手くいかない。 俺だってコイツと一緒にいたいのに、それをどう伝えたらいいのか分からなくて。 黙って席を立てば律も俺のあとを追ってきて、そのまま図書室を出た。 「あのっ嵯峨先輩どこへ?」 「古書店デート、だろ」 「で、で、デートって……そんなつもりじゃ……」 「違うの?」 顔を赤らめ俯いてしまった律を見ながらそう言うと、違いません、と遠慮がちに返された。 一応付き合っているのだから、デートでいいはずだ……たぶん。 心臓がうるさく脈打っている。そんな余裕のなさに気付かれたくなくて、深呼吸を一つしてみたけれど、やっぱりドキドキは消えてくれない。 これが俺の初恋、そう気付かされたのはごく最近のことだ。 あんな酷いことを言って傷付かないはずないのに、こうしてまだ変わらず好きでいてくれている。 「あの、先輩……」 「ん?」 「やっぱり古書店はまたにしませんか?」 暫くの沈黙のあとそう切り出されたのは、ちょうど門を出た時だった。 「どうして?」 「デートなら……日曜とかの方が長く一緒にいられるし、その方がデートっぽいと言うか。学校以外でも逢えたらいいなぁって」 「…………」 図書室を出てからずっと考えていたこと。 学校がある日には図書室で逢えるけれど、休みの日にも一緒にいたい場合、どう誘い出せばいいんだろうって。 だからビックリして、嬉しくて、すぐに言葉を返せなかっただけなのに。 「す、すみませんっ !! デートとか言われて、俺すっかり一人で舞い上がってしまって、先輩の都合も考えずに迷惑ですよね……今の忘れて下さいっ。こうして付き合ってもらえてるだけでも凄いことなのに、罰当たりでした」 無言を違う方向に解釈した律は、見当違いなことをベラベラと喋り始め、その一生懸命さが可笑しくて思わず吹き出してしまった。 「まだ何も言ってないだろ、やっぱお前って面白いな」 ほんのり色づいていた頬が更に赤く染まり、口をパクパクさせながら表情がコロコロ変わる。バカ正直でストレートに気持ちを伝えてくるから、最初は戸惑ったけれど。 人から必要とされたり、自分の為にあれこれ考えてもらえたりって、こんなにも心が穏やかで温かくなるものなんだな。 |