「駅前11時」 「え?」 「日曜デートの待ち合わせ」 「は、はいっ !!」 また暫しの沈黙。 好きな本の話なら普通に話せるのに、それ以外となると話が途絶えてしまう。律はガチガチに緊張しているし、俺がもっと自然に話せればいいのだけれど、そうもいかない。 帰り道、一緒にいられる時間は短すぎる。「じゃあ、俺はこっちなんで」と、離れていく律の背中にようやく掛けた言葉が、 「うち、寄ってかねーの?」 ほらまた。どうしてたった一言、一緒にいて欲しいって、言えないのだろう。 コイツのことを知りたくて、もっと一緒にいたいのに、どうしたらいい? 「嫌ならいいけど」 俺はバカか。そんなこと、思ってもいないくせに。 こんな感情は初めてだから、何か……いろいろと難しい。 「これ以上ムリですっ!」 「あ?」 「だから……今日は先輩とたくさん喋れて、デ、デートの約束も出来たんで嬉しくって。いっぱいいっぱいと言うか、これ以上一緒にいたらおかしくなるから…だから、だから……」 おかしくなるって、もう充分キョドってんだけど。やっぱコイツって変……でも同時に可愛く思えて堪らない。 まさかこんなに好きになるなんて、心境のあまりの変化に、自分でも驚く。 全てが初めてで、どう接したらいいのか分からず、余裕がないのは俺も同じだ。我ながら、本当にカッコ悪い。 結局、帰ろうとした律の腕を掴んで引っ張って歩くのが精一杯だった。部屋に呼んだって何を話したらいいのか分からないのに、それでも傍にいて欲しくて────。 「お邪魔します」 お行儀よく靴を揃えて脱いだ律に、部屋で待っているよう促して、俺はソラ太の姿を探した。名前を呼んだら足元に擦り寄ってきて、小さな体を抱き上げる。 「お前にも紹介するな、俺の好きな人」 「なー」 まるで返事をしたかのように聞こえて、頭を数回撫でてやりながら部屋に向かった。部屋に一人、律は突っ立ったままでそわそわと落ち着かない様子。 「何やってんの?座れば?」 「はい……ひゃっ、猫っ」 ソラ太が俺の腕からスルリと脱け出して、座った律の足元に擦り寄っていった。 「わわわ、あの俺、猫とか動物が苦手で」 「大丈夫、ソラ太は大人しいし引っ掻いたりしない。ほら撫でてみて」 目をぎゅっと瞑ったまま、律が恐る恐る手をソラ太の頭に乗せた。 「なー」 「わっ」 律は腰が退けているけれど、どうやらソラ太の方は気に入ってくれたらしくて、手をペロッと舐めていた。 「こっち向いて」 「先輩、ちょっと……近い、です」 すぐ目の前に律がいる。やっぱり胸が高鳴りドクドクとうるさくて、そんなことよりもキスをしたくなって、息がかかりそうな距離まで近付いた。 「キスしたいから口開けて」 薄く開かれたそれに吸い寄せられるように、唇を重ねる。伝わってくる熱と柔らかな感触とで、頭の中が真っ白になっていった。舌を吸い上げれば、律もそれに必死に応えようとしてくれているのが分かった。 「ふ……んん……はぁっ……」 「大丈夫?」 荒くなった息を漏らし俺の胸に頭をくっつけたまま、律は暫く動かなかった。上下する肩を包み込むように抱き締めたら、愛おしさが込み上げてきて、俺は無意識に呟いていた。 「律、好き」 「俺も……俺も、先輩が好きです」 そうか、何も難しく考えることないんだ。ただ自分の感情に正直になればいい、それを素直に伝えるだけ。 恋をするということは、胸が締め付けられたり急に切なくなったり、いろいろと厄介な感情に振り回されるけれど。 愛されるって、こんなにも幸せなことなんだ────。 日曜は昼飯食べてから古書店へ行って、それから、何処へ行こうか。きっとまた緊張して、上手く話せなくなるかもしれないけれど、せめてデートコースくらいは決めておかないと……そんなことを考えながら、もう一度キスをした。 END. →あとがき。 |