うつらうつらと微睡みながら、すぐ傍に寄り添う男の声に耳を傾ける。こうした時間は決して嫌いではないが、恥ずかしさが大半を占め落ち着かない吉野は、背を向けてしまいたいのにそれが叶わない。 「こっち見て」 「だから……恥ずかしいんだってば」 「今更だろ」 「う、うるせー」 つまりは、情事のあと。 確かに今の今まで散々啼かされ続け、未だ熱を持ったままの身体を密着させておきながら言っても、説得力がないかもしれない。 もう無理、なんて言葉は軽くスルーされ、甘い愛撫に痺れるようなとてつもない快楽を与えられ続けた。 いつもならば声は掠れ疲労困憊で、プツリと電池が切れたように意識を手放すのだが、羽鳥の「もう少し付き合え」の一言により、こうしてそのまま抱き締められている。 ピロートークなんて、何を話せばいいものか。やっぱりさっさと寝てしまえば良かったと、吉野は後悔の念に駆られて目を伏せた。 明らかに自分とは違う逞しい腕の中で、先程までの行為が脳裏に焼きついたまま離れてくれない。 耳許で囁かれた甘く低い声、頬を撫でる長い指、どれを取っても吉野の身体を震わせるには充分すぎた。 溜まらず瞼をぎゅっと閉じる。 羽鳥が髪を鋤くたびにドクドクと脈打って、胸がキュンと切なくなった。 「千秋」 「ん?」 不意に顎を掬われて視線が合った時、また余韻にひたる甘ったるいキスが落とされた。 行き場のない腕を羽鳥の背中に回して、それを合図に何度も何度も優しく啄まれる。 (あー……悔しいけど、やっぱり気持ちよすぎる) 「そんなに気持ちいいか?」 「っ……何も言ってない」 「顔に書いてあった」 「なっ……」 しっかりと見透かされた吉野の顔は、みるみるうちに朱に染まった。当の羽鳥は、普段は仏頂面なくせに、いわゆる恋人時間の時だけこれでもかと破顔させてみせる。 羽鳥からすれば、長年の積もり積もった想いがようやく報われたのだから、当然と言えば当然のことなのだが。 吉野も少なからずその想いを受け止めているから、あまり強くは非難出来ない。 「よくもまあ、こんな身体に欲情するよな。胸だってないし、柔らかくもないし……」 「そうだな。色気とは無縁で、普段はアホ面しててだらしない。ほっとけば風呂には入らないわ、まともに食事もとらないわで、本当に手間がかかってムカつく。おまけに……」 「おい、もういいストップ!」 確かに本当のことだが、一気に不満をぶちまけられては堪らない。吉野だって一応、申し訳なさはあるのだ。それをまさか、この状況で聞く羽目になるとは思わなかった。 (あんなキスをしたあとに言うセリフかよ。トリって、本当に俺のこと好き……なのか?) 「そこまで言わなく「でも……」 急かさず返した反論は羽鳥によって遮られ、吉野は黙って次の言葉を待つ。 でも何なのだと、内心焦りの色を濃くしながら羽鳥を見れば。 息がかかる程近くに顔を寄せられて、 「でも、そんなとこもまるごと全部──お前が好きだから」 口づけられた。 「ん……はぁ、ぁ……」 「千秋好きだ」 「俺…も、トリが好き」 「ほら、その顔。抱いている時に見せるその顔が、堪らなく可愛いくてそそられる」 その顔と言われても吉野自身にはよく分からないのだが、でも触れられてこんなにも胸が高鳴り、身体が疼くのは羽鳥しかいないのだ。 そんな自分が羽鳥に向ける顔とは、どんなものなのだろう。 (恥ずかしい……) 「トリだって、こんなにねちっこいとは思わなかった」 「それはお前のせいだ。吐息混じりに『もっと』なんて言われたら、奥まで「わー、いちいち口に出すなっ!」 それを言うのなら羽鳥の方だって、触れる時はこちらが直視出来ない程優しく、熱っぽい眼差しを向けてくるではないか。 今までずっと傍にいたのに、長いこといたのに、全く知らなかった一面を見せつけられ、想いの強さを思い知らされた気がした。 幼馴染みに担当編集という肩書きが加わり、新たに恋人なんてオプションまでついて。 もっと早くに羽鳥の気持ちに気付けていたら、そんな風に思ったこともあったが、それでも。 遅かれ早かれ結果は変わらない、きっと羽鳥の手を離すことはなかったんだろうなと、吉野はぼんやりと考える。 少しでも羽鳥の気持ちを疑った自分に猛反省し、これからは今まで気付けなかった分を埋められるくらい、好きだと伝えたえられたら。 改めて吉野はそう思った。 「ねぇ……あのさ」 「何だ?」 「腕…………いつもの」 「いつもの?」 「だから、腕…まくらがいい……」 本当に分かっていないのか、分かっているのに言わせたいのか。こんな時だけ鈍感な羽鳥に少々もどかしさを感じながら、吉野は語尾を弱めて希望を伝える。 これに対し羽鳥は、喜色満面の笑みを溢して腕を差し出した。 「もう眠いんだろ?」 「ん……まだ、大丈……夫」 そう言って腕にキスをしてみせた吉野の瞼は、もう半分閉じかけていて、今にも意識を手放してしまいそうだ。 「おやすみ、千秋」 呟きに違い声をかろうじて聞き取り、吉野は深い眠りについた。 END. →あとがき。 |