世界一初恋 2

□まるごと全部
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うつらうつらと微睡みながら、すぐ傍に寄り添う男の声に耳を傾ける。こうした時間は決して嫌いではないが、恥ずかしさが大半を占め落ち着かない吉野は、背を向けてしまいたいのにそれが叶わない。

「こっち見て」
「だから……恥ずかしいんだってば」
「今更だろ」
「う、うるせー」

つまりは、情事のあと。
確かに今の今まで散々啼かされ続け、未だ熱を持ったままの身体を密着させておきながら言っても、説得力がないかもしれない。
もう無理、なんて言葉は軽くスルーされ、甘い愛撫に痺れるようなとてつもない快楽を与えられ続けた。
いつもならば声は掠れ疲労困憊で、プツリと電池が切れたように意識を手放すのだが、羽鳥の「もう少し付き合え」の一言により、こうしてそのまま抱き締められている。

ピロートークなんて、何を話せばいいものか。やっぱりさっさと寝てしまえば良かったと、吉野は後悔の念に駆られて目を伏せた。
明らかに自分とは違う逞しい腕の中で、先程までの行為が脳裏に焼きついたまま離れてくれない。
耳許で囁かれた甘く低い声、頬を撫でる長い指、どれを取っても吉野の身体を震わせるには充分すぎた。
溜まらず瞼をぎゅっと閉じる。
羽鳥が髪を鋤くたびにドクドクと脈打って、胸がキュンと切なくなった。

「千秋」
「ん?」

不意に顎を掬われて視線が合った時、また余韻にひたる甘ったるいキスが落とされた。
行き場のない腕を羽鳥の背中に回して、それを合図に何度も何度も優しく啄まれる。

(あー……悔しいけど、やっぱり気持ちよすぎる)

「そんなに気持ちいいか?」
「っ……何も言ってない」
「顔に書いてあった」
「なっ……」

しっかりと見透かされた吉野の顔は、みるみるうちに朱に染まった。当の羽鳥は、普段は仏頂面なくせに、いわゆる恋人時間の時だけこれでもかと破顔させてみせる。
羽鳥からすれば、長年の積もり積もった想いがようやく報われたのだから、当然と言えば当然のことなのだが。
吉野も少なからずその想いを受け止めているから、あまり強くは非難出来ない。

「よくもまあ、こんな身体に欲情するよな。胸だってないし、柔らかくもないし……」
「そうだな。色気とは無縁で、普段はアホ面しててだらしない。ほっとけば風呂には入らないわ、まともに食事もとらないわで、本当に手間がかかってムカつく。おまけに……」
「おい、もういいストップ!」

確かに本当のことだが、一気に不満をぶちまけられては堪らない。吉野だって一応、申し訳なさはあるのだ。それをまさか、この状況で聞く羽目になるとは思わなかった。

(あんなキスをしたあとに言うセリフかよ。トリって、本当に俺のこと好き……なのか?)

「そこまで言わなく「でも……」

急かさず返した反論は羽鳥によって遮られ、吉野は黙って次の言葉を待つ。
でも何なのだと、内心焦りの色を濃くしながら羽鳥を見れば。
息がかかる程近くに顔を寄せられて、

「でも、そんなとこもまるごと全部──お前が好きだから」

口づけられた。

「ん……はぁ、ぁ……」
「千秋好きだ」
「俺…も、トリが好き」
「ほら、その顔。抱いている時に見せるその顔が、堪らなく可愛いくてそそられる」

その顔と言われても吉野自身にはよく分からないのだが、でも触れられてこんなにも胸が高鳴り、身体が疼くのは羽鳥しかいないのだ。
そんな自分が羽鳥に向ける顔とは、どんなものなのだろう。

(恥ずかしい……)

「トリだって、こんなにねちっこいとは思わなかった」
「それはお前のせいだ。吐息混じりに『もっと』なんて言われたら、奥まで「わー、いちいち口に出すなっ!」

それを言うのなら羽鳥の方だって、触れる時はこちらが直視出来ない程優しく、熱っぽい眼差しを向けてくるではないか。
今までずっと傍にいたのに、長いこといたのに、全く知らなかった一面を見せつけられ、想いの強さを思い知らされた気がした。
幼馴染みに担当編集という肩書きが加わり、新たに恋人なんてオプションまでついて。
もっと早くに羽鳥の気持ちに気付けていたら、そんな風に思ったこともあったが、それでも。
遅かれ早かれ結果は変わらない、きっと羽鳥の手を離すことはなかったんだろうなと、吉野はぼんやりと考える。
少しでも羽鳥の気持ちを疑った自分に猛反省し、これからは今まで気付けなかった分を埋められるくらい、好きだと伝えたえられたら。
改めて吉野はそう思った。

「ねぇ……あのさ」
「何だ?」
「腕…………いつもの」
「いつもの?」
「だから、腕…まくらがいい……」

本当に分かっていないのか、分かっているのに言わせたいのか。こんな時だけ鈍感な羽鳥に少々もどかしさを感じながら、吉野は語尾を弱めて希望を伝える。
これに対し羽鳥は、喜色満面の笑みを溢して腕を差し出した。

「もう眠いんだろ?」
「ん……まだ、大丈……夫」

そう言って腕にキスをしてみせた吉野の瞼は、もう半分閉じかけていて、今にも意識を手放してしまいそうだ。

「おやすみ、千秋」

呟きに違い声をかろうじて聞き取り、吉野は深い眠りについた。


END.

→あとがき。

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